慌てずにパクを合わせよう。

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』20(最終回)

2016年2月4日から『超鋼祈願ササヅカイン 戦いの果てに』が始まります。今回演じさせていただくササヅカイン2号の音声システムもこれまであまり演じたことのないダークヒーロー系なので、観に来ていただいて「あ、こんなこともできるんだ~」って思ってもらえたらなと。
とにかくもう、待ち望んでいた役を頂けて光栄なんです。
前回……もう二年前ですけど、“新たなる脅威”の時、2号は敵組織が作った闇のサイバテックロイド、ササヅカインダークネスでした。ササヅカインのライバルとして戦い、その音声システムは先輩声優方がゲストとして参戦されていました。
列挙しましょうか。
山口勝平さん、津久井教生さん、石川英郎さん、関智一さん、千葉繁さん。
……濃い、ですねえ……。
自分も出演者として目の当たりにしていたので、その凄まじさは身に染みています。だからこそ誰もが分かる持ち役を持っていない自分はどうすればいいのか、悩んでもいました。
でも、演劇・クラシックのフリーペーパー紙カンフェティさんの取材を受けた時に、2号のスーツアクターをされる岩田さんは「前回はゲストの声優さんの持ってる特色をどう表現するか一発勝負という感じだったけど、今回はずっと中澤君が演じるし、2号というキャラクターをしっかり着地させたい」とおっしゃいました。
そう、気負わなくてもよいのだと。
稽古も終盤に差し掛かり、物語の全体図も見えてきて、自分の役割も少しずつ分かってきました。台本とマイクを持って舞台に立って、ヒーローの傍らでうろちょろしながらも、熱いセリフをぶつけていきますので皆さんどうぞよろしく……!!
まだまだ予約受付中ですよ!!
ご予約はコチラから→ https://ticket.corich.jp/apply/69180/031/

……とここまで書いて、自分でおや?と思ったんですけど、
最終回なんだし、声優業の話しましょうよって(笑)
ちゃんと本筋を意識して声優としての話をしましょうか、ね?

とにかく昨年も色々な作品に関わらせていただけました。その中でも反省はたくさん。
例えば滑舌。基礎も基礎ですけど、やっぱり自分でも気になってましたし、訓練しながら見直しています。
次に演じられる役幅をもっと聞かせていくこと。……仕事やきくドラでは色んな役をやらせてもらっているのですけど、事務所であったり、業界であったり、肝心のところには浸透していないらしいので……どうやら今の僕のイメージはイケメン声だけらしいですよ。なんかすんごい悔しいですね!!やってやらな!
ここからの一年は仕事にきっちり打ち込むのは当たり前として、しっかり自分の基盤をアップデートしていかないとと思っています。そう、中澤まさとも、2016年のテーマは“アップデート”です。今の自分を整理して効率を良くして改良する。
自分の働き掛け次第で、まだまだ変わっていける。そして自分よりも優れていたり、上手かったりする人がどれだけいようが怯まない! その人は僕ではないのだし、僕は僕だし、図々しい言い方をすれば、役を得てしまえばあとは作品と役に尽くすだけ。仕事はいたってシンプル。とにかく、この一年をしっかりと走り抜けたいと思います。
と言うわけで、『人生のパクが早上がりでもさ!』最終回、いかがでしたでしょうか?
最後くらいはパクを合わせて少しでもコラムらしく締められたらと抗った次第です。
もしまたどこかで、今度は何かしらの紙面でお会いできるよう、文才も磨いていけたらなと思います。ありがとうございました、またお会いするときまでごきげんよう……!
これまでお読み頂き感謝でした!!

苦しみながら生きるべきではないと思うけれどやっぱり

『粕谷幸司の自由なコラム』20(最終回)

 ネガティブはどこかに忘れ去られることもなく、孤独とともにいつもここにいる。
 Podcastだのtwitterだのには、意図して“出さない”ようにしているけれど、結局、僕はほとんど毎日のように「死にたぁ~い」と思い(時には呟き)ながら日々を過ごしている。
 大体、嫌なことなんて自分の力では(今のところ)どうにも出来ないもんで、けれど人を責め立てたって負の連鎖を生み出し続けるだけだし、頑張れるだけ頑張り続けながら駄目なのは自分であり足りないのは自分の能力(運とかも含めて)なんだ、と自分を追い込み続けていくしかないって思ってるしそうなってる。

 唯一の支え、生きる気力の根源は、夢を追う力だった。
 掴み取れるか、辿り着けるかわからないけれど、まぶしく輝き続けているその夢という未来にだけ向かって走っていれば、それが生きる意味だった。生きてることに意味があった。
 けれど、僕の人生での挫折はそんな夢の光が見られなくなった時に。

 むか~し、中澤さんや平居さんに「それ(声優・役者)が無かったら本当に何もないよね」って話をしたことがあったっけ。
 特にこの、相方の2人は、人生で(いろいろ寄り道とかしながらだけど)ずっと“それ”しかしなくて“それ”だけして生きてきた人たちだから、例えばで言うとアルバイトはしてきただろうけれど普通の会社員なんて絶対に無理だろうなって思ったりした。
 僕は…半端でさ。ちゃんとしてるっちゃあちゃんとしてるんだけど、大学卒業して、就職活動も頑張って、新卒採用じゃないにしても会社員になって、なんやかんやしてきたけれど。
 いま振り返って苦しいのは、いろんなこと出来るとしても2人みたいな“それ”が無いんだよね。だからもう、生きているのが苦しくて、どうにもならない。

 欲張りだったな。欲しいものはたくさんあった。
 けれどふと泣けてくるのは。
 “それしかない”ってものを捨ててしまったこと。
 しがみつけなかった。

 これまで19回のコラムで、いつも意識してきた終わり方は「どこかに救いを」だった。
 絶望だけを残したページにしないこと。読んでくれる人に、少しでも、どんな角度からでも前を見てもらえること。それを僕の言葉で、残せたら良いなって思って書いてきた。
 けれど、どんだけ格好いい言葉で整えても、自分を騙すことは出来ないし、隠していれば見えてなくても、本当の思いは伝わっているんだろうと思うんだ。
 だから、真剣に向き合って、最終回には書き残す。

 生きてりゃ、本当に苦しいことも嫌になることも、死にたいなあと思う時だってある。
 なるべくそんなふうに生きたくない。
 けれど、誰かに迷惑をかけまくってでも自分だけ楽しく幸せに、なんてなれやしない。
 だからやっぱり駄目なのは自分。

 うまくいかないことだらけだよ。
 だって、生きてるんだもん。
 それでも、生きてるんだもん。

 だけれど、生きてるから。
 楽しさに、幸せに、すがるしかないよ。
 死にたいけど死ねないまま生き続けるなんて本当に地獄だ。
 生きたいけど生きられないで死んでいく人もいる。
 出来るならこの命と交換したいくらいよ。

 けれど、生きている人が、生きている。
 生きている人のために、生きている。
 生きるために生きているんだから、生きたいと思える生きかたをした方が、きっと良い。

 テレビでも映画でも恋愛でも何でもいい。
 何でもいいから「ああ生きてて良かった」って思いながら、生きていきたい。

 それじゃあね。

 また、別の世界で。

【コラム企画】最終回について

いつもProject One-Sizeを応援いただきありがとうございます!

さて、唐突ではありますが、
次回(1月15日15:15更新予定)のコラムをもちまして、
このProject One-Sizeのコラム企画を終了することとなりました。

楽しみにしていただいていたみなさまには、寂しい思いをさせてしまいごめんなさい。
粕谷幸司・中澤まさとも、共に本来注力すべき軸に、全力を集中させたいと思います。

…とはいえ、ホームであるPodcast『3色丼』も、各人のtwitterもブログも、引き続き楽しく大切にお送りしてまいりますので。

これからもどうぞ、中澤まさとも・粕谷幸司の活動を、全力応援よろしくお願いいたします!

それでは、2016年1月15日、15:15更新予定のコラム最終回を、お楽しみに!

夢であるように

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』19

これは、かなり繊細に覚えている夢を結構脚色した話です。

誰が走るとも知らない道の上を走る。そういうレース。
ゴールがどこかも判らないのだが、走っていると気づくのは、少し先で驚くほどの走者が驚くほど狭い道でぎゅうぎゅうに詰まっているということ。
ぽろぽろと道の端に転げ落ちる者もいれば、ほんの小さな隙間からぽこりと次の道に弾き出て走り出せる者もいる。何人か知っている人間もいるけど、ほとんどがうっすらとしか見えなくて誰だか判別がつかない。
その景色は何と言うか、チューブボトルの中でちょっと凝固しちゃった蜂蜜? こう、ギュウッと押してるんだけど中身がなかなか出てこないもの。
とにかく4、5人が抜け出るまで一心不乱に狭い隙間を押し合いへし合い。抜け出た4、5人もこの次は全力で椅子取りゲームがある。しかも、一斉にではなく、独りずつ音楽に合わせて“誰が速く上手に椅子に座れたか”という特殊なルールで。状況によっては派手に転んだ人が選ばれることもあるそうだ。

自分はというとそこのとは違う競歩っぽいレースを走っていたのだけど……実はコースアウト【していました】。脱落です。どうやらいつの間にかコース変更していたらしく、変更前のゴール直前まで盛大にコース外を走っていたということ、らしい。どうやらコースを管理していた人が変わった、らしい。さっき知らされた。
こういうことも、まあ、ある。新しいコースの管理人は別のレースを走っていた人のコースにつなげたらしく、僕は選ばれなかった。ランナーとしての実績や能力を信用されてなかった。

僕では、足りなかった。

しばらくぼーっとしていたら、叫びたくなった。怒りは自分に向いていて、自分の不足を叫び散らした。自分で何を言ってるのか分からなかったけど、悲鳴にも似たものを上げる直前に、目を覚ました。

起きて真っ先に喉がカサカサなことに気づいた。部屋の中は大分乾燥していたし、夢を見ているくらいだからいびきでもかいていたのかもしれないし、もしかしたら本当に叫んでいたかもしれない。だとしたら……、近隣住民の方々、すみません。ほんとの壁ドンは勘弁してください。
起きて、枕元に喉を潤すために置いておいた保温マグの白湯を飲む。

へんな夢。

思い起こすと妙に色んなことが起こった夢だったので、覚えている間にスマホに書き記そう。なんか、最近あったこととかを整理するために観た夢にも感じるので分析しよう。
時刻は午前6時くらい。まだ外が暗い。二度寝できそうだけど忘れてしまうのは惜しい。
一時間くらい、メモを取って……眠くなったらもう少し寝よう。
布団の中に深く潜り、お気に入りのアルパカのぬいぐるみを向き合うように抱っこして湯水のように流れ出そうな記憶を必死に塞き止めながら、スマホに記憶を預けるべくトグル入力していった……。

―――というわけで、
マラソンしているところから、突然コース外に移動して椅子取りゲームを見学しているところから、自分が走っていたコースが間違っていて失格になったことを走破した仲間から知らされて、なんだそりゃ!!ってなって目を覚ましたのをまとめました。
夢って、突拍子ないようで、妙に現実とつながってたりするもので、夢占いだったら違う意味になりそうだけど、記憶の整理とかだったらこういうことかなと思って書きました。

とにかく、今の自分の課題と向き合ったり、自分の役者としての不足を痛感させられたり、夢の中でまで空回ってたり、自分を覆っているメッキを剥がして本当に輝けるように足掻いてます。今はそれだけ。
よく解らないもの書いてごめんなさい。
読んでいただき感謝です。

どんな1年を生きたかな

『粕谷幸司の自由なコラム』19

 2015年も、どうもありがとうございました。

 何もない1年なんてないんだろうけれど、でもなんだか思い返すと、何もなかったような気がする。
 何かを成し遂げたわけでもなく、何か大きな変化や成長を実感できたわけでもなく。
 何もなかったかも知れない、と思ってしまうから、年末ってどうにも切なくて苦しい。
 けど…、振り返れば途方に暮れることなんて、年末に限らず年中だけれどね。

 1月ごろ。アイドルの仕事では今もうみてないソロアイドルをみてたりしてた。
 活動自体を辞めていった子、移籍した子、フリーとして巣立ち今もがんばってる子。
 色んな子と、色んな離れ方をしたなあ。

 2月ごろ。所属してた事務所でなんとかしたくて、でもどうにも掴めなくて。
 本当にいつものことだけれど、自分に大いに迷いまくってた。
 何がしたかったのか、どうしたかったのか…、もがくだけで、進めなかった。

 3月。少しずつ、周りの環境や関係に、変化の兆しがあった。
 悪い意味でも、雰囲気が変わっていくのを感じて、眺めていただけだった。
 …いや、やっぱり変わってしまったのは僕の方で、僕の気持ちが、疲れていたのかな。

 4月。今につながるプロジェクトが少しずつ動き出したのはこのころだったか。
 新しい出会いを迎えて、どうなるかわからないまま、それでも手探りで進む楽しさ。
 そして自分も、所属事務所を離れることになり、何も見えないまま進み続ける怖さを感じた。

 5月。ちょっと間違ってるかもしれないけれど、とにかく動きたくて引っ越しをして。
 生活圏も、生活スタイルも、今までと大きく変えた時期。
 独りぼっちと真っ直ぐ向き合って、とにかく面白く、とにかく楽しさを…って、足掻いてた。

 6月は、本当に辛かったのを覚えてる!日照不足とか本当に病気のようだった。
 酷く気持ちが不安定で、体調にも出ちゃったし、信じられない出来事もあったし。
 今でも思い出したくない時期。でも、色んなことが、このあたりから始まったんだな…。

 7月。まだあまり病み上がり切ってなかった。ちょっとオロオロしてた気がする。
 上も下もわからないまま、沈んでるのか浮かんでるのか。ただ、光だけをぼうっと眺めて。
 風向きが変わり始めていることに、気付くことなんてなかった。

 8月は毎年、だいたい誕生日があるので、いつも自分を見つめ直すことになってる。
 「32歳の粕谷はモテることだ」なんて話して笑ってたなあ…、あは、はは…。
 また改めて、人との出会いを大切にしようと、心を持っていこうと決めたころだった。

 9月からは一気に景色が変わって。関わる人も、聞こえてくる音色も違ってた。
 10月の《粕谷幸司のイベント》に向けて、攻め切ろうって思って。
 11月には仕事が大きく動くことになって、頭も心も体もフル稼働。

 ほとんどのことを憶えてないけれど、思い返してみればやっぱり、色々あった1年だったなあ。
 けれど、本当のことなんて自分の中には無くて。
 残っている現実は、誰かの中に生きていた自分だけ。
 自分の中の自分なんて虚構のようなもので、誰かの中にだけただ、生きているんだ。

 超抽象的な1ページになったけれど、これを書いた意味は、きっといつかどこかに生まれる。
 これまでのことなんてもう、わりとどうでもよくて。
 ただ、いまからみらいに、どう生きるのかなって。
 それだけ見つめて、また進んでいけば良いのかな。

 今日の自分は、今日で死ぬ。
 今までありがとう。またね。

10年の夢が叶わなくても

『粕谷幸司の自由なコラム』18

 僕には夢があった。
 幼稚園の頃。親に連れて行かれた体操教室が楽しくて、大きな声で「ぼく、オリンピック選手になる!」と宣言していたらしい。でも、アッという間に飽きちゃって、すぐやめちゃった。
 小学校に入って、『ズッコケ三人組』という児童小説を読んで、アレコレなりたい職業を妄想しながら「新聞記者になりたい」と言い始めたりした。いろんな世界を見て、それを人に伝えるのが楽しそうだった。
 中学校の頃、本気で「物書きになりたい」と思った。特にテレビドラマや映画が好きで、三谷幸喜や君塚良一のような“面白さ”に魅了されていたから、シナリオライターになりたいと思って、日芸に行くことを目標にした。
 大学卒業の頃。いわゆる就活で散々グチャグチャに悩みながら、芸能事務所やテレビ・ラジオ局、メディア制作会社などで働く夢に挑んで、玉砕していた。仕事にすること、それで“食っていく”ことの難しさを痛感していった。

 Project One-Sizeを立ち上げながら、何も見えない未来へ、否応なく飛び出していった。それが…、10年前。

 新しい夢は、ふと思いついた。「タレントになりたい」。
 自分が持っていたアルビノというモノを、存分に利用してやりたい。そしてもっと、面白い人生を切り拓きたい。ふと思い立ってからしばらくは、本当に楽しかった。
 「将来はタレントになりたいんです」と言って入社したIT系の会社に勤めながら、しゃべりの勉強をしにスクールにも通った。
 その頃から、ブログをかなり“意識して”書き始めた。日記ではなく、不特定多数の読み手に届けるブログの書き方、のようなことを必死に考えたりしていた。
 ふとしたタイミングで会社を辞めてから、人前で話す仕事を少ししたりした。NPO法人がらみの講演会のようなものだったけれど、僕はいつも“少しでも笑わせよう”と意識していた。
 しばらくのらりくらり無職で、酷く無様な生活もしていたけれど、2年半前。いてもたってもいられず「たくさん稼げなくてもいいから、やっていて面白い仕事(アルバイト)がしたい」と志願して、今のルーナファクトリーのスタッフになった。ライブアイドル・タレントのプロデューサー、マネージャーをする日々は、苦しいこともあるけれど、やっぱり面白いな、と思う。

 気付けば、夢はどれひとつ、思い描いたように叶ってはいないのだけれど。

 新聞記者は、ブロガーのようになって今も僕の中に息づいている。
 物書きもシナリオライターも、ネットラジオで、そしてたまに舞台の脚本を書いたりして、ずーっと続いていて。
 しゃべり手も、そのネットラジオくらいだけれど、ずーっと“よくしゃべる人”であり続けるだろうから、きっと終わることはなく。
 規模はどうあれ、僕は今、タレントたちをマネージメントしながらステージをつくる仕事をしているし。
 オリンピックとはいかないまでも、世界に向けて“アルビノの人間”で、攻め続けている。

 大きな夢を、思い描いたとおりに掴めてはいないけれど。
 そのどれもが僕の中に生きていて。
 かたちを変えて、今の僕をつくってる。

 10月24日のイベントを終えて。それも振り返れば、思い描いた夢とは少し違った現実になったなあ、なんて、いま落ち着いて考える。
 いくつも弾けた夢の泡は、消えてなくなってしまうように思えるけれど。こうしてゆっくりと眠りについて、また新しい1日がはじまると、その記憶が、過去が、これまでのすべてが、この体に、目の前に広がる世界に、染み渡っていくような気がして。

 ここまでしてきたことを、明日からも大切に胸に抱えたまま、
 思い描いたのとは少し違う未来も、楽しんでいこう。

 夢が、思い描いたとおりに叶わなくても。
 この先の世界は、果てしなく続いている。