月別アーカイブ: 2014年9月

「すずめや」の どら焼き

『ひらいまさゆきの「あんこに想いを廻らせる。」』04

ども、あんこ大好き!平居正行です。

9月、です。
9月3日、私事ではありますが、おいらの誕生日でした。
そして同じくして9月3日、あの国民的人気猫型ロボット、ドラえもんの誕生日でもあるのです!(※2112年誕生予定)
ドラえもんの大好物、と言えば、そう、「どら焼き」。ということで、今回、おいらはどら焼きを食べようと決めたのです。

9月某日。その日、おいらが向かったのは池袋。
実は、以前から気になっていた和菓子屋さんが池袋にあったのです。
池袋駅東口を出てジュンク堂書店の脇を通り抜け、さらに左に曲がって人通りの少ない小路を進むと、そこにちょこんと佇む隠れ家みたいな古民家風のお店が現れます。
その名も「すずめや」。

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木でできた趣ある看板には「どらやき すずめや」の文字が。
小さな店先を覗くと(本当に「小さな」と言っても言い過ぎではないくらいの、小ぢんまりとした店スペースなのです!)、店員さんはいらっしゃらず、そこにどら焼き、おはぎ、最中などの和菓子が品よく並べられています。
同じようにそこにおいてある呼鈴を鳴らすと、店員さんが現れます。
おいら「どらやき2個と、あと...それ(※おはぎ4個入り)、ください!」
...いや、お目当てはもちろんどら焼きなんですよ?でも、おはぎも美味しそうだったので、つい。。(笑)
それを包んでもらって、帰路に着くおいら。

家に着いて早速、包みオープン!

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見事なまでにキレイな焼き色のどらやきですね。少しフチがイビツなのは、手づくりの証しかと。
いっただっきまーす!
ひとくちほお張ると、生地はふんわりやわらか、あんこはしっかり粒の残ったつぶあんで甘さ控え目、そして生地とあんこの相性バッチリ!

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美味しくて思わず「フ~フ~フ~!」と言ってしまう。(笑)
そして1個160円というお手頃なお値段。この美味しさでこの価格は素敵すぎます!

何故、このすずめやさんを見つけたのかというと、さかのぼること数年前。
おいらが劇団に入っていたときのことでした。池袋ジュンク堂書店の少し先に、シアターグリーンという劇場があって、そこでの公演のおてつだいで通っていたとき、偶然見つけたのです。
一目ですずめやさんのその店構えに見惚れました。
ですが、そのときのおいらは「気になる...でも、お、お高いんでしょう?敷居が高そうだし、おいらなんかじゃ手の届かない高級などら焼きなのでは...?」と感じてすらいました。(実際、調べて行ってみたら、それは全くの思い過ごしだったわけなんですけどね。笑)

さて、話を元に戻しまして、お次はおはぎを食します。

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こちらもあんこたっぷり、しっかりしたつぶあんで大満足の味でした!
いやはや、どちらも美味しいあんこだったのでおいらは幸せです。ごちそうさまでした!

ちなみにすずめやさん、その日の個数を売り終わり次第で営業終了とのことで、日によってはすぐに完売して閉まってしまうこともあるとか。
(※売り切れるのが心配な方は、事前の御予約も受け付けているそうなので安心ですよ!)

はてさてあんこコラムの第四回、今回おいらが想いを廻らせたあんこは「すずめやさんの どらやき」でした。

美味しいあんこは美味しいうちに、どうぞ本日中にお召し上がり下さい。
おしまい。

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好きなことやっている

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』04

声優のお仕事には、学校行事への訪問というのもあります。文化祭のステージイベントがもっとも分かりやすいですね。体育館や特設ステージでトークしたり、歌える人は歌ったり、DJスペースがあるところで生放送のゲスト出演したり…。
大体そんな感じでしょうか?
“熱狂”というものにおののいてしまう自分ではありますが、強い熱が乱流する空間というものはエネルギーに溢れていてドキドキしますし、自分も安全な楽しさを提供するために熱狂を暴走させず且つ冷まさないよう共有しながらコントロールできる器量を持たないとと思います。怖いけど…頑張ります。

さて先日、杉並区にある母校の記念祭(いわゆる文化祭)に行ってきました。
いやまあ、お仕事ではありません。所属していた放送部のOBGたちの一人としてなので完全にプライベートです。発起してくれた友人姉妹と快く迎え入れてくれた現役部員に感謝を。
それから出演作を「観てるよ!」と教えていただいてありがとうございます、励みになります。

ずいぶん久し振りでしたが、学校の雰囲気自体は訪れていた頃からそのまま時間が経過したような感じで記憶との整合は楽でした。
グラウンドも、教室も、渡り廊下も、放送部の部室も、昼休みのてろっとした空気も、茜色に染まる校舎も夕空の景色も大好きな景色で、それも変わって無さそうで…安堵?と言うより、時は違うけれども同じようにあの景色を好きな人もいるかな、って思うとウキウキ?そわそわ?そんな気持ちになりました。何せ…「この学校には空があるなあ」と思って入学を決めたのですから…。

それで、もうその頃からなんとなく“声優”になることは意識し始めていたものですから、部活を決めるのもなんとなく意識していました。

演劇部、放送部、漫画研究会(後に部に昇格)天文部、美術部、家庭科同好会。

…なんか、割と今の自分の本業や趣味と地続きな選択してますよね。僕が今出来ることややっていることは、ほんとにここから培われているのだなあと思います。
漫画を読むこと好き、絵を描くことも好き、もちろん声優の仕事も好き、空が好き、あとは…幸せに食べることが好き(笑)
どれもこれも遠慮せずにやっていました。
まあ…それ故に友人・仲間、色んな人に助けてもらって来ましたが。そう、今、書いているこの原稿も締め切りをオーバーして待ってもらっていて…!(恐)
…ごめんなさい。
1ヶ月の予定進行は、好きなことやっているからこそ計画的に、ね。
またお会いしましょう。

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粕谷幸司ごっこ

『粕谷幸司の自由なコラム』04

 そこまで深い考えはもちろん無かったけれど。

 幼稚園のころのお遊戯会で、最初と最後に2ヶ所、いわば物語の「フリ」と「オチ」だけを言う役をやった時。おもいっきり間違えて、登場と同時に「オチ」の台詞を言ったら、会場が大爆笑になって、すごく恥ずかしかった。わりとその時、本気で「もう人前に出るの嫌だ」と思った気がする。

 それでも僕は、やっぱりどこにいても目立つ存在で、何もしていなくても話しかけられたり、そうでなくてもたくさんの視線を感じることが多かった。
 すっごく恥ずかしくて、すぐ顔が赤くなるし、緊張するし。あんまり、得意じゃない。

 …でも、なんでだろうな。ずっとテレビが大好きで。どこかでずっと「一緒に出たいなー」と思ってた。教育テレビの、子供が料理する番組とか見ながら、一緒になって料理したり。子供が主人公のドラマとか、そういうのにはすっかり感情移入して、世界に入って楽しんでいたりした。
 そうだ、今、言葉にしてみると「物語の登場人物になりたい」。そんな感情。

 小学生のころ。ごっこ遊びが大好きで、アニメのキャラクターを友達と分けて遊んでた。
 じきに児童小説とかを読むようになって、頭の中で物語の登場人物たちと一緒に遊んでた。
 気付けば自分で世界を想像したりし始めて、物語を話したり書いたりして、遊んでた。

 物を書けることって、けっこう重宝されるというか、それもひとつの技能で。周りから「面白いね」「上手だね」「すごいね」って、おだてられるままに(笑)どんどん書くことが増えていって。
 しかもそれは僕の場合“いくつもの自分の投影”になっていることが多いから、いわばシナリオを書いてる時は、あのころの“ごっこ遊び”の楽しさで、気持ち良くなってたりする。
 つくった人物になりきって、物語の中で生きて、ごっこ遊びのように楽しんで、それが僕の「書いた物」という作品になって。
 …そういう面白さを知っているから、まだまだ、書いている。

 中澤さんや平居さんは、たぶん僕よりちゃんと「プロ」なので。こういう“楽しみ方”っていう言葉だけじゃダメだということを知っているんだとは思うんだけれど。
 彼らのように、役者のプロを僕が名乗らないのは、僕は似たような感覚を持って、似たような表現に挑んでいても、どこか…“役者ごっこ”をしているような気持ちだから。
 そう、僕はきっと、演じているのではなくて“なりきっている”ような表現ばかりをする。だから、プロとして融通がきかないというか、上手くないし、上手くなれたら楽しいなーとは思っているけれど、上手くなることに全身全霊で挑んでいない、ような気がする。
 …ヤバい、怒られそう。

 けれどこれが、僕の理想的な生き方だったりもするので、どうか、許してくれないだろうか。
 僕は…“自分ごっこ”をして、人生を楽しんでみたい。

 アルビノごっこをしてる。物書きごっこをしてる。役者ごっこをしてる。エンターテイナーごっこをしてる。
 粕谷幸司ごっこをして生きていられたら、この人生すごく楽しい。

 いつか、この人生がひとつの物語として完結する。
 ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのかわからないけれど。
 振り返ってみれば滅茶苦茶だったような、でも裏でテーマが通ってて、のらりくらり寄り道もしたけれど、なんだか面白かったな、悪くなかったなーって。
 それこそ、最後には形に残っていなくても。もしかしたら、アッという間に忘れ去られるものだとしても。
 儚くとも楽しい、まるでエンターテイメントそのもののような、粕谷幸司ごっこ。
 2度と無い、自分ごっこ。

 それを楽しんでいられたら、かなり幸せだなあって、思ってる。