月別アーカイブ: 2015年2月

幸せだけど、まだまだ。いつも自分のいる場所を知っておくこと

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』09

2015年2月14日、誕生日を迎えました。
これを書いている今も色んな方からお祝いいただいており、本当にうれしいです。
一年一年を積み重ねて、有り難いことに少しずつ行きたいところ、出会いたい人たち・作品たち、やりたいことを順序よくやれている気がします。ここに至るまでのブランクはありますが、めげずに腐らずに、ある意味ひたむき、ある意味意固地に続けてきた甲斐があるというものです。

今の自分を客観的に見て、非常に恵まれていると思います。
須らく良き縁が巡り、頂けているものなのだと肝に銘じてお仕事をさせていただいています。
もちろん、まだまだ行きたいところや出会いたい人たち・作品たち、やりたいことは自分のはるか頭上の空にちらちらと星のように瞬いています。
それが流星になってこぼれた時、その星を掴めるか、ほうきの煌めきにしがみつけるか…。去年もそうでしたが、今年も丁寧にお仕事をする年なのだと肝に銘じております。

それから、今年の目標の一つは【収録の丁寧さに速度と正確さを加えること】。
ご存知の方も多いと思いますが(とは言え知らなくても別に何でもないことですが)、ゲームや一部のドラマCDでは声優一人での収録が主になります。
独りで収録するものですから、自分がセリフを喋って「うーん…違うな」と思ったら、「すみませんテイク2お願いします」と同じセリフを言いなおすこと(自分リテイクと言ったりします)が一応可能で、僕は収録の時にディレクション側からのリテイクとは別に自分なりの良質を求めて言いなおすことがあったり、お願いしたりするわけです。
…あ、でもディレクター側からOKを頂いたセリフに対して「自分が納得いかないから」というだけで物言いを出すのは、まあ、よろしくないので、きっちりと思っていることを相談したり、ディレクション側を信じて演じきったりと現場の中での判断の仕方も色々ありますが。
それから、自分のセリフを一言ずつデータとして分ける作業を音響さんがしてくださるのを考えると……音の編集に関しては、僕も過去に少量ながら経験したことがあるのですが…あれはなかなか時間がかかる作業です。演者が二回言いなおすだけで、チェック量は二倍になるわけです。その数が増えたり、どれがOKテイクなのか判別したり、あっちにあったりこっちにあったりする修正箇所を探したり…波形で何となく見分けがつくとはいえ、たくさんあればあるだけ大変になるわけでして…。
自分のできる範囲で質を高めるのは好いことだと思ってやっていますが、自分だけ良くてもしょうがない。
ディレクターさんや、プロデューサーさんや、音響さんのためにも一発の質を高めていかないとと思う次第です。そのためにも収録前にどれだけ読み込めるか、自分の思う通りの音を出せるようにするか…。日々鍛錬です。より先の自分をイメージして進んでいきます。

なんだか話は逸れました。というか、せっかくの誕生日なのに「真面目か!」みたいな感じになりましたね。うーん…。
元の性格もありますが、この数年はこんな感じのことばかり考えていて、なにも気にせず浮かれて遊ぶことがなかなかないようです。どうやら、油断してまたチャンスをこぼし落とすのを恐れているようです。
でも、皆さんにわっとお祝いしていただいて、胸が暖かくて拳が熱くて、本当にありがたくて…だからひとまずもっと頑張ろうと思います。
行けるだけ前に進んで、それでたまにステージ企画やイベントなどで皆さんの前に立ってしっかりごあいさつできたらなと。
なのでバタバタしますが今歳もよろしくお願いします。
皆さんにも≪ハッピーバレンタイン♪≫届きますように!

R style by 両口屋是清

『ひらいまさゆきの「あんこに想いを廻らせる。」』09

ども、あんこ大好き!平居正行です。

先日、服を大量に処分したため、「しまった!着られる服が足りない?!どうしよう。。」ってことになってしまい、久々に服を探しにおしゃれなワカモノたちがひしめく街・原宿へ行ってきました。
ぐるぐる服を探して店を回り、いい感じに歩き疲れて一息つこうと思って、ふと「そういや、表参道ヒルズ近いな。ちょっと見物がてら足を伸ばしてみようじゃあないか」と、ぷらぷらと素敵なお店を覗きつつ、おしゃれな人々の行き交う表参道を進むおいら。
実は表参道ヒルズの中に、気になる甘味屋さんを見つけていたのです。
それは、表参道ヒルズの三階にある「R style by 両口屋是清」 というカフェ。
名古屋で370年続いている和菓子屋の老舗、両口屋是清(りょうぐちや これきよ)さんのプロデュースしているお店なのです。
平日の午後ということで、客足も落ち着いてゆったりとくつろげる雰囲気の店内。
ドキドキしながら席に座り、注文したのは、
「極味(きわみ)ぜんざい」
そう、今回の「あんこに想いを廻らせる」は、ぜんざい でございます。
ぜんざいといえば、前回の第八回でも少し触れましたが、圧力鍋がぶっ壊れていたため実家にて母お手製のぜんざいを食べ損なったおいらですが、先月中に、偶然にも別のお店で美味しいぜんざいを食べられたという「ぜんざいリベンジ」を果たしているため、さてはて今度はこちらのお店ではどうなのだろうかと、食べくらべをしてみようと思いたった次第であります。

渡されたメニューには、
注文を受けてからつくる、との文字が。しばし待つ。
と、店員さんがお水を運んできてくださったのだけれど...、
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ん?水と、なんだろう、この小さいおちょこは...もうひとつ、水??
ひと口飲んでみる。あ、ほんのり甘い!?
気になるけれど、店員さん何も言わずにいっちゃったし。。
よし、聞いてみるか。

おいら「(動揺しつつ)あの、な、なんですか、これ?」
店員さん「そちらは梅の味のついたお水です」

梅の味の水、ですと?!言われてまたひと口飲んでみると、確かに、梅の風味の甘さだ。なんとまあ、洒落たサービスではないですか!
正体がわかって、ちょっとほっとしました。(笑)

そして、いよいよ出て参りました、極味ぜんざい(白玉&栗入り)。
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あたたかいものか、冷やしてあるものか選べるのですが、あったまりたくて暖かいものにしました。
さじですくって、ゆっくり口へと運ぶ。

これは、んまい!!

ひと口ひと口が、じわりとくる。よく煮込んだ小豆の美味しさが、歩き回って疲れたおいらの五臓六腑に染み渡る。。
白玉と栗も交えながら、少しずつ、なくなるのを惜しみながらゆっくりと食べて行く。
なんと幸せな時間なのだろう。
そして、この小豆の粒の大きさ!
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まさにぜんざいの極味と言っても過言ではない。
食べ終わった後、気がついたら軽く汗をかいていました。(笑)
極味ぜんざいにしてやられました。。

はてさて、あんこコラムの第九回、今回おいらが想いを廻らせたあんこは「R style by 両口屋是清さんの 極味 栗ぜんざい」でした。

美味しいあんこは美味しいうちに、どうぞ本日中にお召し上がり下さい。
おしまい。

フェティシズムの定義から

『粕谷幸司の自由なコラム』09

 まず定義から調べてみた。こういうのは、辞書とかから言葉の定義を明確にする、というのがセオリー。
 現代では、もちろんウィキペディア。家に辞書とか…無い。

 【変態性欲】…僕らが感覚的に口にしている「変態」という言葉。
 ウィキペディアの冒頭には「人間の性的行動や性欲のありようにおいて、正常と見なされない種類の嗜好を指す。」とのこと。漠然としちゃっているけれど、つまりは性的に“普通じゃない嗜好”とのこと。
 …むむん。最初から微妙。どこを基準に“普通じゃない”とするのか。
 まあ、大抵は「周りの人に理解されない」とかから始まって、世の中の“普通とされるもの”との比較から“普通じゃない自覚”をしていくのだろうけれど。

 ウィキペディアの渦に巻き込まれていくと、とんでもない濁流に意識が流され去ってしまう危険性があるので、僕は端的に捉えた。
 「ナルシズム」「フェティシズム」「コスプレや異性装」「ロリコン/ショタコン」「サディズム/マゾヒズム」…他にも多数カテゴライズされている“普通じゃない嗜好”。それらをまとめて「変態」ということだそう。

 それぞれの嗜好があることは承知の上だったけれど、ウィキペディアのように羅列されると圧巻だわ…。
 まあ、良いとして。
 そこから、最近僕が真剣に考えてみたくなった「フェティシズム」について、焦点を絞って向き合ってみた。

 【フェティシズム】…僕らが感覚的に口にしている「フェチ」という言葉。
 僕らの思い描く世界と照らし合わせると「物品や生き物、人体の一部などに性的に引き寄せられ、性的魅惑を感じるものを言う。」というウィキペディアの一文が当てはまりそう。
 なるほど、来た来た。“物品や生き物、人体の一部など”ですね。これだ。こういうことだ。

※これ、学術的に真剣に掘り下げていくと本気でアレな異世界への扉が開くので、ここではあえて浅めに表層をサーフィンしていきますよ。

 つまりアレでしょ。
 セーラー服がたまらない(物品)とか、鎖骨のカーブがたまらない(人体の一部)とか、そういう。
 そういう「本来はそれが性的なものではない(っぽい)ところに性的な魅惑を感じる」という。
 …言葉を定義していくって大変だな。
 なんで僕、変態からフェティシズムに掘り下げて、しかもなるべく読む人にわかりやすいように定義しようとかし始めてるんだろうアレレ、我に返る道のりを見失いかけてるぞ。

 ま、いっか。
 要するに一応は、アソコだとか、おっぱいとかおしりとか、性的シンボルとみなされるようなもので興奮するのは“普通”であって変態でもフェティシズムでも何でもない「健全な人」なわけだ。
 で、僕は自分のフェティシズムに向き合ってるわけだ、今。

 なんで?
 ま、いっか。

 そもそも“性的魅惑”が何なのか自体曖昧なんだから、結局のところこれは「人と比較して普通じゃないという自覚が生まれる」あたりで、フェチがスタートしているってことじゃないかな。
 ふむふむ、少しわかりやすいかも。

 例えば“声”を、物品ないしは人体の一部と思ってみた場合、多くの人が「好い」とする声に興奮するのは“普通”であって「声フェチ」とは言わなくても大丈夫ということで。
 例えば僕のみたいな何とも「多くの人が“好い声”と感じるわけではない声」にたまらなく高まる人がいたら、見事フェチである、ということかな。

 例えば僕。
 ピンと立っていてストレートヘアから頭出すくらいのが大好きな“耳フェチ”で、少し大きくて出来れば少~し上向きの丸い感じが大好きな“鼻フェチ”だったり、棒みたいに真っ直ぐじゃなくかと言って筋肉が浮き上がってるでもなく丸みがあるんだけどアキレス腱がスゥッとしてるのが大好きな“脚フェチ”だったりするわけだ。

 どうだ、参ったか。
 なにしてるんだ自分コレ。

 (いつかに続く)