休息と休日は違う。

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』18

最近気づいたんですけど、僕にとって一番適したストレス発散って観劇か映画鑑賞みたいなんです。
「ひとところで腰を据えて、スマホの電源もOFFにして他に気をそらさず作品を観ること」
これがとても大きい。観たい作品だったりするとなおの事(ちなみに作品の善し悪しは関係ない様だ)。これは自宅でテレビを見るのとはやっぱり違うんです。いえ、まあ、うちのテレビが小さめなので臨場感もへったくれもないというところもありますが……(笑)
11月に入って一気に三本くらい映画を観たのですが、どの作品もよかったこともあり、かーなーりすっきりしました。
それと、感動の補充、といえば良いのでしょうか。人間ってやっぱり感情値?精神力?マジックポイント?そういうのを消費しながら仕事をしているのだな、と思いまして。
ずっと仕事を続けていると、なににも感情が湧かなくなる時ってありません? いや、こんなのはないに越したことないのですけど、役者の仕事というのも、仕事をできる喜びや楽しみとは別に消費しているものがあるのだなあと。
ですから観ている作品の登場人物の情動は、僕の心の器を満たしてくれます。
共感・感動・作品自体への敬意、元気になれました。
役者としてはもう一つ違う言い方をすると“インプット”とか“引き出しを増やす”という表現が適切でしょうか。アニメでも実写でも出演者一人一人の声の響かせ方、広げ方、ぶつけ方。学ぶこと得られるものはいつも多いです。
皆さんは休日にちゃんと休息してますか?
そう思うと、僕はこれまであまり巧くできていませんでした。
これに気づけたのは、有難いことに10月のスケジュールがなかなか過密だったことにあると思います。いや、収録日数だけの話でしたらもっともっとお仕事したいくらいなのですが、僕らの仕事は本番当日だけ頑張ればいいというものでは当然ないわけで、俗にいう“台本チェック”というものを事前にしているわけです。
収録までにどれほど自分の演じる作品・コンセプト・演出を解して役を掘り下げていけるかが当たり前ですけど重要なのです。台本を読んで理解して来てるかそうじゃないかなんて、演出さんやディレクターさんにはすぐばれるものだと思っています。僕なんか特にちゃんと読まないとまともに芝居なんてできやしないと自分に戒めながら挑んでいます。
そんなわけで収録のない日(=休日)も台本と向かい合うことが多かったひと月でした。
おかげもありまして、10月に入ってからの映画をけっこうかなり見逃してまして……なんだかちょっと荒んでいた気がします。
昔はゲームでも発散しているつもりでいましたが、プレイしているゲームが集中や緊張を要されることが多いので、結構神経すり減らすわけで……。楽しめよ~って思うんですけどね。学生時代はストレス発散にもなっていましたけどね。RPG、アクションゲーム、ホラーゲーム、楽しくやってたなあ。
自分が出演している作品にも、皆さんの休息になってるものを増やしていけたらいいな。そうなるようにきっちり作っていかないと。
ひとまずそういいながらもきっちり休息を得ていかないと。月に二本は何か観ないとと思っています。
そういえば何を観たかって?
『心が叫びたがってるんだ』『バクマン』あと『GO!プリンセスプリキュア』です。
今度は『リトルプリンス』と『グラスホッパー』観たいですね。
今回も読んでいただき感謝です。また次回お会いしましょう~。

「音は波、テンポは鼓動、すなわち音楽は血潮」

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』17

声優業の中の歌の話は、以前このコラムでもさせていただいたと思います。
歌うのは好きですが、実は僕、そんなにたくさん音楽を聴いているわけではないのです…。
いわゆる“ヘビロテ派”で、気に入った音楽をずっと聞いてます。
学生時代は奔流する周りの勢いから自分を守るために和み系ばかり聞いてた記憶が。あります。あの頃だと…高校時代はGONTITIさん方で、大学生時代に栗コーダーカルテットさん方とショーロクラブさん方が加わって。もう、このお三方ね、最強。最強の和み。ん?なんか矛盾してるような……。
栗コーダーカルテットさんに至っては、今ほどメジャーになられる前にお会いしたことがありまして。買ったCDにサインを頂いたりしました。
なんと!そのサインされたCDを先日実家で発見したので写真撮ってみました!こちらです!

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2002年……。わあああああ……13年前……!
…まあ、年代については置いておいて。
で、この頃、『feel』というシリーズを筆頭にヒーリング音楽が流行ってたんですよね。そっちはあまり聞かなかったんですけど、サントラとかイージーリスニング系をずっと聞いてた気がします。ケルト音楽とかトランスとかアンビエントとか…。ビートマニアも遊びまくっていた頃でしてね。
そんなわけで、レンタルだったり買ったりで和み音楽コレクションを作ったりして、空白の時間は好きなものをヘビロテでずううううううっと聞いてました。
テンション上がっていく音楽よりも、じっくり腰を落ち着けてゆっくり体を揺らすくらいの音楽の方がしっくりきてたんですよね。自分の心臓の音に合っていたというか。
広い空の下で好きな音楽たちと一緒にぼやっと過ごすのが至福のひと時でした。

今も新しいものをすごく聞けているわけではないですけど、やはり作業中(このコラムとか、以前関わっていた企画関連の作業とか)には音楽を流してたりしているんですが、不思議なことに、体が必要な音楽って変わるもんですよね。
いや、まあ、もともと「この場面にはこのアルバム!」とか「今日はこれが聞きたい気分!」みたいなものはありましたけど、体に響かせたい音が少し変わったというか。
自分もそこそこ歌うようになったからかなあ。今は和み系より『元気にやっていこう!』とか『みんな繋がってどこにでもいこう!』とかが元気の源になってる気がします。
で、ここからは願望の話。
そろそろ自分だけの歌が欲しいなって。
自分が元気になって、みんなを元気にできる歌。
やなせなつみさんのイベントの影響もあるのかな。
やっぱり『自分だけの歌』があるのってちょっといいなって。
ただの願望ですよ!?
いつリリースできるかも分かりませんし。
ただなんか、そういうの欲しいなってなってるので色々挑戦してみようと思います。
2016年に入ってからかなー。お楽しみに?
というわけで、今回もご覧いただき感謝です!

あ!そうそう!今月は粕谷のトークライブもありますからね!

天気のせい!

『粕谷幸司の自由なコラム』17

 忙しいとか、嫌なことがあったとか、なんだかずどーん…と気持ちが落ちちゃう時とか、たまにあるじゃない?誰しも、まあ、学校なり仕事なり家庭なり、どこかしらで生きてれば誰しもさ。
 そんな時、人のせい!とか状況・環境が悪い!とかって八つ当たりしてても、ものごとは良い方には進んでいかないし、ともすれば周りの人を不快にしたり不安にしたり傷つけたり、迷惑かけちゃったりする。
 自分以外の要因が、勝手に自分の思い通りに「変わっていってくれる」ことなんて、期待しちゃいけないの。

 だから僕は、ずどーん…と気持ちが落ちちゃう時とかは、天気のせい!と思うようにしてる。
 気分が晴れないなーって時に「あ、なんだー天気が悪いじゃんー、じゃあしょうがないな、がんばろー」って思う。天気が相手じゃ、八つ当たりのしようが無いし(笑)、自分の気持ちが上がらないその状況も、なんとか受け止めつつ前に進めるかな、ってね。
 でもこれは、自分への厳しさでもあるんだけど、天気が悪いからといって気分が下がっても良い、ということではなくてね。あくまでも「自分の落ち込みの言い訳を、天気というどうしようもない要因にすりかえて受け流す」っていうのかな。
 自分の現状のせいだってのはわかってるんだけど、どうにかこの気持ちを処理しておかないと八つ当たりしてしまいそうだから、自分を許してあげるために天気のせいにしちゃう、という。

 …いや、思い返してみれば今年の6月とか9月とか、やたら空が晴れない日々が長かった時期は、本当に死ぬほど気分が下がり切っていてどうしようもなかったっけ。
 今年そのあたりに”日照不足“っていう言葉を痛感した。太陽の光が無いと、こんなにもあらゆる世界がバランスを崩したように荒んで見えるのかと、心底、驚いてた(そして気分は下がっていた)。
 だから、もしかしたら本当に天気のせいなのかも知れないよ!そーだそーだ!天気のせいなんだ!
 …と考えると、最高に気持ち良い天気の日にもものごとが上手くいかない自分の状況は酷く凹む要因になっちゃったりするけど。考えないようにしよう、いまは。

 そうやって、溜め込みがちなゆううつは、天気のせいにすることで自分を楽にしてあげてる。

 けど、それも身勝手な話でね。
 失敗は天気のせい、成功は自分の手柄…って、それはもう八つ当たりそのものだもん。
 だから最近は、秋をむかえて心地の良い空気の日が多いから、感謝もしようと思って。
 「天気が良いおかげで、今日は良い日になりそうだなーっ!」って、前向きに、良いことも天気のおかげなんだ、って思ってみることにしてる。
 そう、逆に考えれば、普段も「特に良いことあったわけじゃないけど、気分は上がってる」ってこと、あるじゃない?そういう時に、日頃おおいに八つ当たりしてる天気に「ごめんね」って気持ちも込めて…「君のおかげだ、ありがとう」って、思うように。

 …ってこれ、もうむしろ天気の擬人化だな!
 ここまで極端じゃなくても、このくらいの人付き合いをしても良いのかもね。
 自分を楽にしたいために、ふと八つ当たりしちゃうことがあったら。あとで少し頭を冷やして「ごめんね、ありがとう」って、伝えてあげられたら。
 ごめんね、ありがとう。この思いを、その瞬間じゃなくても、ちゃんと忘れずに、いつか相手に伝えられたら。
 そしたらきっと、傷つけてしまったとしても少し和らいで、お互い笑顔になれるかも。

 お天気くん、上手くいかない時に八つ当たりして、ごめんね。
 今日は晴れてくれてありがとう。君のおかげで、気分が良いよ。

明るいほうへ、世界を変えよう

『粕谷幸司の自由なコラム』16

 ちょっと前に、twitterで呟いたんだけど。
 政治活動そのものについては、なんとも言うことはないけど。「戦争法案」と言い換えているやり方は、なかなか善しとは思えないんだ。

 …このたった一行だけの解釈では誤解を生んでしまうかもだし、なにより今このタイミングでこの件をモニョモニョ言うのって難しいし、むしろ言いたいことはソレではないからいいんだけど。
 世界を変えよう、と思うときに、どんなやり方が好いのかなって、ふと思うのね。

 僕の話に引き寄せると。僕は、このアルビノを悲劇にしないで、エンターテイメントの材料にすらしようと思って動いているわけ。
 っていう僕の思考を知っている人は「なにをいまさら」だと思うのだけど。

 悲しみや苦しみは、多くの人に響きやすくて、そしてどんな人にもわかりやすくて、わりと濫用されているように思う。
 僕も小さいころに「世の中には食べるものがなくて困っている人もたくさんいるんだから」って話を聞いて育った。子供ながらに「なるほど、そうかー」と思って、食べ物は大切にしよう、とは思った。
 だけど、実はそれって、ちょっと乱暴な展開というか。実際には“目の前の物を食べさせる”という私利私欲(?)のような目的で、引き合いに出してるだけのような、気がしてさ。

 アルビノについてだって…“世の中には、アルビノとして生まれただけで生命の危険に晒される人もいる”状況があったり、現代・国内だって“いじめ・差別”をはじめとする問題があるにはあったりして。
 その事実から目を背けるわけにはいかないけどさ、だけど、だからって「ね?かわいそうでしょ!?」というアピールって、楽しい未来をつくれるのかな。果たして。
 一昔前にも「○○しないと不幸になる」「○○ないと地獄に落ちる」とか、変な言い回しがアレだったことがあったっけ。それって、脅迫なんじゃね?みたいな、さ。

 単なる言い方の話、と思うことも出来るけど。
 けど、その言い回しで、届く思いに違いが出ることってすごくある。

 僕がこれまで関わってきたいろんなところでも、悲しみ・苦しみを材料としてアピールしちゃって「こんなにかわいそうな人がいるから○○してください」のような展開をしていたこともあったけど。
 それは僕にとって全然、楽しい未来をつくるための方法として好くないと思ってるんだ。

 そりゃあ、問題の本質による。すべてが、そんなに楽しく転換できるはずもないけどさ。
 でも…、過去や現在を否定するんじゃなくて受け入れたうえで、未来を明るく照らす方法を、選んでいきたいと思うよね。

 僕にとってのアルビノは、グラビアアイドルにとってのおっぱい(例えをすぐおっぱいにする悪い癖)。
 そんな感じのほうが、多くの人の幸せをつくれる、と思ってる。

 おっぱいが大きくて、もしくは小さくて、悩んでる人。
 大丈夫、それを好きな人もいっぱいいる。それを武器に、輝いている人もいっぱいいる。
 そして、今はいろんな方法を選べる。隠すことも出来るし、魅力として使うこともできる。
 自分らしい生き方を、選ぶことができるから、大丈夫。

 …ほら、一緒じゃん。

 でもたったひとつ「かわいそうだね、苦労したでしょう」って思いをそこに混ぜると、明るい未来がかすんでしまう。
 本当は楽しい方へも考えられるはずなのに、暗く、険しい過去や現在に閉じ込められちゃう。
 未来に向かって進む一歩を断ってしまうことこそ、不幸の連鎖になる。

 そして、この根本的な“捉え方・伝え方のバランス”は、まだまだ変わらないから。
 だから僕は、繰り返す。

 僕は、このアルビノを悲劇にしない。

絵を描くこと

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』16

絵を描くのが好きです。
今でこそ、色んな場面で落書き(商業としての利益を得ていないという意で)を披露していますが、きっかけ自体は割と普通だったんですよ。
イラストとか漫画とか意識して描き始めたのは小学校低学年のころで、友達の絵を真似して始めたのがきっかけでした。
描いていたのも、某有名RPGの有名モンスターが冒険する漫画で、あの頃はゲームを攻略する漫画の影響を受けてそれっぽいの描いてたなあ、と記憶しています。
なんで興味を持ったんだろうなあ…と思って、家族に話を聞くと昔からお話を考えたり空想したりするのが好きだったみたいで、しょっちゅう母や姉弟、幼稚園の先生などに熱心に話しかけていたそうです。そうなっていくと思ってたとも。
想像力を発揮した子供が絵を描き始める…。すごく自然な流れに感じます。でも、なんか今振り返ると、たぶん僕の場合、自分なりのアウトプットだったんだろうな、と思います。
アウトプットってどういうことじゃいってなると思いますが、さっきの話の続きで、そうやって色んな人に自分の空想を話していたようですが、どうにもそれが巧く伝わることはほとんどなかったようで、一生懸命話している僕も自己完結してはいたものの伝わっていない違和感というのはあったのかもしれないし、もっと自分の世界を表現できる手段を探していたのかもしれない。だから、自分の空想を漫画にすることへの興味は計り知れなかったのでしょう。
そんなわけで、色んなアニメ、漫画、そこにゲームも加わって模写を繰り返しながら、マイペースに過ごしていたんですが、高校時代に出会った友人によって僕の絵はレボリューションを迎えます。
彼はとにかく先鋭な作家やイラストレーターをリスペクトしていて、『To Heart』や『シスタープリンセス』や峰倉かずやさんの絵が流行っていた頃に、熊倉裕一さんや緒方剛志さんやポップンミュージック、果てはマイク・ミニョーラ氏まで…。彼が影響を受けたように僕も彼の影響を受けてひたすら絵を磨いていました。その精神は今でも役者としても染みついていて、おもしろいものや目指したいものは習(倣)おうという姿勢が身についたのです。
そして今。何かしら作品に出演すると収録後に色紙にサインをすることがあります。
僕のサインは結構わかりやすくて、ひらがなにした名前で書けるようにしています。全体視するとハートをあしらってあり、二十代前半の自分のなまいきさが伺えるというものです。
特に自分の関わったキャラクターたちを紙にしたためると演じた子が自分の中で腑に落ちるというか…自分の中に留まってくれるというか。絵に描くのは割と大事な儀式でもあるような気がします。
そして!これで助かったのは、サインを書いた際に生まれた余白を絵で楽しく埋めることができること!
…まあ、人より時間をかけてしまうので最近は「…あのぅ…絵描いたほうがいいですか…お時間頂いてもいいですか?」と伺うようにしてます。
ではここでちょっとした宣伝。2015年9月18日より公開の劇場版総集編後編『ハイキュー!!-勝者と敗者-』が二週間限定ですが上演開始となります。僕は、主人公たちが所属する高校バレー部“烏野”のライバル校の一つ“伊達工業高校”のバレー部新主将、二口堅治役で出演します。作品も大変に熱く、アニメならではの躍動感に溢れおもしろいので、原作と合わせて今作も見てもらいたいのですが、この劇場版公開に合わせて販売されるパンフレットに寄せた出演者サインにご注目いただきたい!がんばりましたよ!
というわけで今回も読んでいただき感謝!

KASUYA.net PRESENTS イベント企画書

『粕谷幸司の自由なコラム』15

※この企画書は架空のものであり、実在のものとはあまり関係ありません。

タイトル:KASUYA.net PRESENTS 『やってみなけりゃわからない』(仮)
日時:ちょい悩んで調整中
場所:丁度いいトコ探し中

[概要]
粕谷幸司が、フリートーク(またはテーマトーク)を中心に、ちょっとコントとか朗読っぽいものとか、運が良ければ歌ったりとかするイベントをおこなう。俗にいう単独ライブ。
基本的にはソロでの出演を想定しつつ、直前でも都合が付けばシークレットゲストの出演もあり得る。

全体のタイムテーブル例は下記の通り。

00:00 開場
00:20 開演/オープニング(前説)
00:30 トーク1
00:45 トーク2
01:00 企画モノ
01:30 トーク3
01:45 エンディング
02:00 物販タイム
03:00 全イベント終了

→思いのほか長い!!ので、全体構成は調整。

[物販について]
現状、特に販売物が手元にないので、下記の範囲で検討。

■当イベント限定グッズの製作・販売
粕谷幸司に関する(写真などを使った)何か。
例:ブロマイド的なモノ、缶バッジ的なモノ、ポストカード的なモノ…など
  →需要が…、ごく少数と見込まれるので予算・価格など要検討

■ノベルティグッズの製作・販売
「KASUYA.net」「Project One-Size」を推し出した何か。
例:ラバーバンド的なモノ、缶バッジ的なモノ、ステッカー的なモノ…など
  →需要が…、ごく少数と見込まれるので予算・価格など要検討

■委託販売っぽい物
粕谷幸司が関係する各所が発売している商品について、その親和性を加味しつつ委託販売を受ける。
  →中間マージンを取らないでいれば問題ないはず。要確認と、各所への提案・交渉。

[価格帯]
粕谷幸司は、Project One-Sizeというユニットでインターネットラジオ(Podcasting)の配信など活動しているが、特にタレントとして成功しているというわけでもなく、価値創造としてもまだ未熟であるため、なるべく安くファンの方に楽しんでいただくことを優先して決定する。ああ、売れたい。

想定:当イベント=2,000円(会場により別途1ドリンク代)
  →会場費などを考慮すると微妙だが、例えば「2ショット写メが撮れるョ」などの特典を検討。
  →思い出をたくさん持って帰ってもらう工夫で、満足してもらえると良いな…!

→全体の予算を洗い出した上で、
 「イベント自体を昼夜2公演にする」または、
 「昼帯に入場料1,000円程度のファンミーティングを催す」など検討。

※この企画書は架空のものであり、実在のものとはあまり関係ありません。

…とかね、考えたんだ。
ほら、今、僕、特に事務所に所属してるタレントじゃないからさ。
待っていても案件なんて無いし、かといって営業が出来てないし。
しかも環境とか年齢とかあって、やらせてもらえることって、少ないから。

だったら、もう、自分で、やっちゃうのが良いよね、って思ってさ。

あとは、それを、どれくらいの人が求めてくれて、実際に「お金を払って触れてみたい」と思ってくれるか。
こつこつこつ…っと、今までこの道を歩んできて。
嬉しいことに「ファンです」と言ってくれる人がいる。
エグい話だけれど、その皆さんをどれだけ“お客さん”に出来るか。

…出来なかったなら、それが、僕の限界だから。

そろそろ、ちゃんと挑んでみて、見極めたり、覚悟したり、考えなくちゃ、ね。