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「自分らしさ」という面倒臭い考えごと

『粕谷幸司の自由なコラム』02

 本当は、自分らしくいたい。
 けれど…、もはや「自分らしい」って、なんだろう?

 僕は3兄弟の末っ子で、とても甘えん坊なところがある。なんというか守られたい願望というか、あの頃のように親や兄たちの後ろにくっついて歩いて、モジモジとおとなしく安全なところに居たいという気持ちもある。
 けれど男の子らしいやんちゃな冒険心というか、ちょっと思い切って飛んでみたい本能みたいなものも持っている。そういえば小学生の頃とか、結構むちゃくちゃなことをして、先生に怒られたりもしていた。
 堅実に、というか言ってしまえば「立派な存在でいたい」という思いも、ちょっとあったりする。責任感は強すぎるくらいあるタイプで、やるべきことは、しっかりやらなければならない、と思ってみたりもする。
 でもどこかで、馬鹿者でありたいとも思っている。普通に対するコンプレックスというか、才能への嫉妬というか、なんとかこの「何でもない存在」から解脱して、愚かと言われるくらいに思い切った行動にも憧れる。
 そして特別な存在でいるために、いつもいつも、もがいている。シナリオを書くことも、喋ることも演じることも、どこか自分の「何か」にしがみつくように、あの時「面白いね」ってホメられたことが忘れられなくて、必死にあがいている。

 ものすごく大きな声で、笑っていたい。いつも人に囲まれて、賑やかに楽しく暮らしたい。
 誰とも近づかずに静かに、ただ、ただ眠って黙って考えて、ゆっくり進む時間の中に隠れてもいたい。
 眠るのが惜しいくらいに仕事をして、仕事をして、とにかくアッという間に人生を駆け抜けたい。
 忙しさから解放されて、何もせずにぼんやりと、映画を観たりテレビを見たりしながらゆっくりも進みたい。

 どれもこれも自分の中にある素直な気持ちで、
 どれもこれも自分らしい生き方ではある気がする。
 …じゃあ自分らしいって、本当は何なんだろう。

 怒られたくない、嫌われたくない。そう思うから、波風立たない穏やかな日々を過ごしたい。
 強い思いを持っている衝撃的な表現活動も大好きだから、ドラマや映画みたいな激動の人生を生き抜きたい。
 どちらも僕で、どちらも欲しい。

 いけないなあ、とわかっているのは、自分がすぐにブレーキをかけ、人の顔色をとても気にして、なるべく損をしながら逃げていこうとしてしまうところ。
 損をしても正義を持って耐えている人を、人は責めないし怒らないと、知ってしまっていること。
 …そう、結局は、自分らしさを出さないことで、守りに入っている、ような気がする。

 したいことを、したいようにする。
 それが出来ればきっと、こんなふうに考えなくても「自分らしさ」というものが、見えてくるのかな。
 出来ないけれどね、そう簡単に、それは。

 多分、この考えについては共感してくれる人も多いんじゃないかな。
 そしてきっとわかってるんだな。それは、好き嫌い言わない“良い子”でいるってことなんだな。

 そうして生きていくことが悪くはないってのも知っているから、殻を破れない。
 そもそもはそんな“殻”を作ってしまったのも自分だって気付いてもいるのにね。

 って、面倒臭いこういう考えごとをする自分は、自分らしいなあって思うんだな。
 そしてこういう自分らしさに味をしめているからまた、自分らしさを見つけられないという日々に生きていることも、どこかで受け入れちゃってるって自覚はありつつ、そうしたまま今日を迎える。

 困ったものだけれど、けれど今この自分こそが自分らしさというか。
 今まで歩んできた道こそが自分の人生で、その今の自分を面白がれる余裕があればきっと、この自分らしさを認めてあげることが出来るのかも知れないね。