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30代で変わるもの変えること

『粕谷幸司の自由なコラム』14

 いま、これを書いている時は、酔っ払っているんだけれど。
 昔からお酒は、楽しくて好きだけれど量は飲めなくて。接待的な、緊張感とかを持ってる時、またはベロンベロンになっていろんなこと終わらせたい時、とかは勢いでたくさん飲んじゃったりするんだけれど。一番楽しく、いっぱい話しながら気持ち良く飲むなら、生ビール中ジョッキ2杯くらいで、もうお腹いっぱいなの。
 そういう、変わらないこと、ってのもありながら、最近は、変わることについてちょっと思いを巡らせてる。

 いろんなところでしゃべったり書いたりしてるんだけれど、去年末くらいから、果汁のアレルギーが爆発したのね。
 小さい頃から、フルーツ食べると喉がピリッとしたり、オレンジジュースを飲むと逆に喉が渇いたり。いくつか(今思えば)心当たりはあったのだけれど。
 トマトジュース飲んで呼吸困難になったり、アボカド食べて喉が腫れたり…、なかなかびっくりするくらいのアレルギー爆発っぷりだったので、正直とても驚いた。
 でも、まあ僕は「エピソードトークで笑って話しちゃう」っていう昇華の方法を持ってるから、まだそんなに困らなかったけれどね。

 そう言えば、僕のtwitterを細かく読んでるフォロワーさんは、もう知っていると思うのだけれど。ここ最近“夜は寝ようキャンペーン”ってのをやってるんだ。
 もともと、小学生くらいから夜更かしが好きで、物書き的な活動をするのにも夜中ってのがなかなか心地良くて。自分の時間が自由なら、朝方に寝て夕方くらいに起きる、というのが大好きだったのだけれど。
 年齢とか、最近の仕事の仕方とかをかえりみて、上司の助言もあって「夜寝て、朝起きる生活をしましょう」ということになったのね。いやほんと、もう徹夜とかキツいよね正直!
 …で、相変わらず寝るのが大好きで、可能なら1日10時間くらい寝たい気持ちは、変わらないでいるのだけれど。
 でも試してみて、習慣付いてくれば午前中ってのもなかなか楽しいのかもな、と思い始めてきたところ。
 若いうちはわからなかったんだ、先人たちの「夜は寝なさい」の本当の意味が(笑)。
 いやでも、後悔は無いけどね!若いうちは、健康だとか度外視して、とにかく“その1日”を楽しみ尽くすことに本気だったから。
 あの頃、頑張って生活習慣を正してみても、特に楽しくは無かったんだと思う。
 今だからこそ、こういう変化を自分に施してみて、楽しめてるんじゃないかな~。

 この前のネットラジオでも「重度の扁桃腺炎で死にかけた」みたいな話をしたけれど。
 これまでは基本、根性で行けるトコまで行っちゃえ!みたいな考え方だったから(笑)、多少の風邪とか体調不良とかは、エナジードリンク的なものを飲んで、そしてたっぷり寝りゃあ何とかなる、と思って病院とかなるべく行かずに過ごしてきたんだけれど。
 社長にも「粕谷くん…、僕ら、もう若くないんだぜ」なんて言われながら、もうちょっと体調面にも気を配る生き方にしていこうかな、なんて考えてる。
 昔から変わらず「体が資本。動けなければ何も出来ない」という考え方は変わらないんだよね。
 その考え方は変わらないんだけれど、自分の体は変わっていってる、ということに気付いてあげよう、と思ったのね。

 体力の低下、能力の鈍化…、そういう“老い”のようなことを悲観的に捉えると、とても不幸なんだけれど。
 自分も、このままいけば、30代後半、40代…と、進んでいくわけで。
 もし、そのまま生きてるんだとしたらば、取るべき行動は決まってるんだと思うのね。
 「どんな変化でも、面白がる」ってこと。

 変えない考え方、ってのもあるけど。
 変えてみる面白さ、変わっていく自分、ってのも楽しめる。
 そんな大人になっていきたいな。

夢見てみる

『粕谷幸司の自由なコラム』13

 そうだ最近、寝ている時の夢から抜け出せないというか、夢と現実が切り離せないことが多い。
 前からそういうことはたまにあって。すっごく愛し合ってる彼女と、かなり濃厚にエッチなことになってて目が覚めて「あ、夢か」と思って起き上がりながら隣を見て…「あれ?彼女がいない。そうか、先に起きて出かけるって言ってたっけ」と思ってから「…うーんと、彼女いないじゃん」って思う。みたいな。
 あの虚しさね。そんなならいっそ、夢なんて見なければ良かった!みたいな。

 ところで先日、友達と飲みながら「喫茶店でもやるか!」「いやそれならカフェバーみたいにしよう」「じゃあイベントスペースみたいにしよう」「…資金がねえな!がっはっは!」みたいな話をしてた。
 夢見てみるって、楽しい。癖になる。

 もちろんそうなったら、前から妄想してる「アルビノ・カフェ」ってのも良いな。
 アルビノの店員(僕)がいるんだ。バイトにも、アルビノの、可愛い女の子を雇おう。んで、アルビノのお客さんでも読みやすいようにメニューは文字を大きく工夫したり、アルビノの店員をキャラクター化したグッズとか置くし。
 でも集客はすごく大事だし、定期イベントとかで活性化しておかないといけないから、存分にProject One-Sizeも使いたいな。公開収録…!というか、むしろ月に3回の収録を全部そこでやれば良いんだ。そうしたら、中澤まさともファンの皆も遊びに来られる。平日の昼間とかだけどな(笑)。
 あ、そうだ。そうしたら関連するCDとかもそこで販売すれば良いんだ。そしたら店舗限定で「サイン入り」とかを販売できる。One-Sizeの過去のドラマとかも再録して、CD-R版とかも売れちゃうんじゃない!?通販とかヤバい大変だけど、自分で店舗を持ってたら、かなり良いね。
 そしたら、そこが僕の個人事務所みたいになっちゃうかも。大した実績も無いのに独立って(笑)。これまでお世話になったたくさんの人に失礼だな…。あ、でも例えばイベントスペースなら、関係者には格安で…!
 でも、やるならちゃんと美味しい料理も無いとな。あ、料理が好きな友達がいるわ。料理長は任せられるな。というか、周りには結構、そういう気軽なバイトを探してる人もいるかも…?平居さんとか、声優の仕事が入ってない時とかに、バイトとして入ったりしないかな。それって楽しいな!
 …あれ、なんかこれ、メイドカフェで働くアイドルの卵みたいになるかな。あ、じゃあもう、関係各所のアイドルさんのCDとかも販売するか!そしたら、ファンミーティングやインストアライブ(!?)で会場を使ってもらえるかな!?
 そうだ、そしたら僕が昔ちょっと働いてた会社のサービスを告知する何かを置こうか。ってか、店内のWi-Fiとかあると良いよね。そいで、店内でお客さんがポッドキャストとか聴いてたりしてね。
 Wi-Fiちゃんと用意するなら、そこから生放送も出来るか。おお、楽しそう。

 …夢は膨らむ。とても楽しい。
 けど時々、夢と現実が切り離せなくなることがある。

 夢を現実にすること、現実が夢を遠ざけること。
 夢と現実が切り離せないから、ふと目が覚めて虚しくなることもある。
 けれど遠い夢が、この現実の先にあるのかも知れないと思えたら、今がときめくかも知れない。

 最近、その夢と現実とを眺めながら二の足を踏んでいる僕だけれど。
 いつか、そんな夢に、手を伸ばそうと高く飛ぶ時が、来るかな。
 そしたら皆にも、全力で応援…、してもらえるかな。

インターネットへのラブレター

『粕谷幸司の自由なコラム』12

 僕がインターネットを始めたのは、高校1年生くらいの頃だった。1998年くらい?Windows 98くらい。
 家のFAX機に引いていた電話回線からダイヤルアップでインターネットに接続…だなんてもう、全部の単語が懐かしい。今の10代にはもはや古語…!

 ともあれ、そこから17年ほど。僕の人生の半分以上は“インターネット大好き”で暮らしてきた。
 はじめは、何をするわけでもなく「インターネットが繋がった!」ということで満足していて、持ち前の飽き性が発動していたらそこで、わりと何も開かずに終わっていたかも知れない。
 けれど…、きっかけは何だったかなあ?何かのきっかけで、チャットの面白さを知って。知らない人がやってることを聞いたり、自分が考えてることを話したり。そのうちに、友達と趣味で書いてた自作小説を見せたい、と思ったりしはじめて。そしたら、ホームページを作ると良いよ、なんてことを知って。レンタルスペースで、HTMLタグのコピペで、とりあえずテキストサイトのようなものを作って。
 …このままコツコツ書き連ねていくとキリがないから割愛だけれど。
 そんなこんなで僕の人生は、インターネットを軸に歩んできたと言っても過言ではないくらいなの。

 それだけインターネットを愛しながら生きてきた僕なので、これからも、インターネットでの活動は、大切にしていきたいな。

 紆余曲折した挙げ句、僕が漠然と“タレント”を目指し始めた時。
 何かしたくても何も出来ないで、モヤモヤしている僕に誰かが言った。
 「何かで1番を獲ったら?」
 僕の中には、ピン…と、わりとすぐに答えが出た。
 “アルビノで1番になろう”。

 それは別に、医療的な研究者でも、歴史・文化的なものでも、何でもやり方はあったはずだけれど。
 僕は真っ先に“インターネットで1番”を目指した。そりゃあ、もう、愛しているんだし。
 …わりと簡単、ということもなくて。日進月歩に進化・変化していく検索エンジンで、「アルビノ」という言葉から「粕谷幸司」という人物を結びつかせるには、いろんな工夫を凝らした。
 3年間の会社員時代に体得した知識・経験なども活用して、もちろんインターネット検索で新しい情報も吸収しつつ、まさに試行錯誤しながらの展開。
 その結果、大成功!…というほどではないけれど、一応、事実上は、たぶん「インターネット上で1番有名なアルビノの日本人」には、なったかなあ、と思うんだ、きっと。
 ささやか、なんだけれど。これは僕の、自信のひとつ。

 あとは運と、コネクションと、実力(タレント性)と、見た目と…、う~ん、考えると必要なものは、まだまだ足りなさすぎるのだけれど。
 たくさんの人の支えや応援、そして自分の努力で作り上げてきた「これ」は、最近ではちょっと、誇れるものだなあと、思えたりする。
 だから、タイミングってのは、ひとつ恵まれていたんだなあ。

 インターネットというものの時代に生き、まだ僕以上にアルビノを前面に売り出して活動する「タレント」が居なくて、そして僕以上にインターネットでアルビノを獲ろうとする野心やテクニックを持った人も居なかった、この17年くらい。
 一目散に駆け抜けていただけの僕だけれど、振り返ってみれば、その時の僕にしか出来なかったことを、してきたんだなあって。

 思い描いたような成功には、まだまだ手が届かなくて。
 夢見ていたような大人には、ほどほど成れてないけど。
 インターネットで生きてきた僕は、少しは認めてあげられるかな。

 だからこれからも、まだ大好きでいられる気がする。
 インターネット。

そんな夜の過ごし方

『粕谷幸司の自由なコラム』11

 どうにも出来ない夜があってね。
 それは原因とか状況とか色々で、例えば今の自分の不甲斐なさでズドーンと気分が落ちたり(これが一番多い)、例えばアイドルに関する仕事で思うようにいかなくてグッタリ…疲れちゃってたり、例えば過去に関わった人がナンヤカンヤ変なことになってて腹が立ったり呆れたり、例えばニュースで現代に生まれた不幸にキモチワルくなったり。
 前に「僕はネガティブだ」なんてことをコラムに書いたけれど、そういう、拾ってしまえば気持ちが下がるだろうことを放っておけずに、胸元に抱えては悶々とツラい思考に溺れてしまう。

 最近、そんな夜が多くて、さて、どうしたもんかと頭を抱えている。
 習慣に身を任せて過ごすと、テレビを見たり、ラジオを聴いたり、twitterを眺めたり、アプリゲームをしたり…、その合間に煙草を吸っては、ため息と一緒に「…つらい…」とか壁に向かって呟いてみたり。時間があったり体の疲れを感じる時は、お風呂に3時間くらい入ってみたりして。
 そして朝が近付いてきて、電気を消して、さらにHuluでアニメを見たり、Podcastを聴いたりして…、まさに朝が来る頃に眠ったり。
 すごく不毛というか、どうにも出来ない気持ちをどうすることも出来ないまま終わっていく、ような毎日。残念だ。

 なので、何かもっとスパッと終われる方法は無いものか、と考えてみたんだけれど。
 お酒を飲むと、ぽわ~っとなって眠れる代わりに、朝がダルい。あとお腹がユルくなる(ような気がする)。
 お酒は飲まなくとも、ヤケ食いのようなことをすることもあって。それも満腹とともに眠たくなってたっぷり爆睡する代わりに、太っちゃうし。お金もかかっちゃうし。
 どうにもこうにも、ちょうど良くスッキリできるものが無いのだ。
 しかも最近では、夜中にコツコツ作業をしていると、下の階だか上の階だかから威嚇(壁ドンならぬ天ドンか床ドン)されるから、もう起きているのも萎縮しちゃって生きづらい…。

 そんな夜の過ごし方を、探している。何かないかな?

 そもそも、気に病む原因や状況を片っ端から取り払えれば良いのだけれど、なかなかそうもいかないから。なにをどうすればスッキリ出来る(上手くかわせる)のかがわからないなあ。
 エロいことを考えれば良い、という説もあるのだけれど。エロい後に現実が押し寄せてくることほど、ツラく虚しいこともないので、ここではエロにも逃げられず。
 一体、世界中のみんなは、どんな風に気持ちを受け流しているのか。

 …と、話は逆さまに。
 そんな夜の過ごし方に、僕が成れたら素敵だな、とは思う。
 どうにも出来ない夜があって。そんな時に僕がボソッとtwitterで妙なことを呟いていたり。
 僕らのPodcastを聴いて「わりとどうでもいいやー」なんて思えたり。
 そんなコンテンツに僕が成れていたら、それって凄く僕が生きてる理由になる!

 正直、幸運や奇跡を除けば果てしなく遠い夢、ではあるのだけれど。
 仕事をしているアイドル達が「誰かの元気になりたい」と言っているのと同じように、僕も誰かの「夜を包む優しい月明かり」のようになれたら良いな、っとは思う。
 僕が生きていることで誰かが生きることを柔らかく受け入れられたなら、宇宙的な意味で僕が生きている価値が生まれたのかなあ、とも思えるのかも。

 その世界を実現するためには、どこかで僕が乗り越えていかなくてはいけない孤独。
 それと向き合っている形が、いま僕が過ごしている「そんな夜」なのかも知れない。

いまからみらい

『粕谷幸司の自由なコラム』10

 自分が明日も生きているかなんて、まったくもってわからない。
 自分の大切な人が、明日も同じように笑ってくれているか、そんな約束は誰もしてくれない。
 けれど僕らは、無意識にも明日を信じてる。未来を信じてる。
 だから強く生きられるし、大なり小なり望みを持っていて、期待をして生きる。
 “明日はもっと…!”ってな具合に。

 今を生きるのに、文字通り必死になることは、明日を生きる僕らにとって、なかなか難しい。
 何故なら自然と…「明日の自分のために生きる」から。
 今日のご飯、小さな仕事、ちょっとの貯金や買い物も、勉強も練習も、今夜も眠ることだって、明日の自分のためにしている。未来に繋がることが“生きる”ことなんだって、どこかで知っているから。
 未来を見ずに、今を必死で生きることは、頭では理解できたとしても、恐ろしすぎて、できない。
 だって、明日も生きているもの、きっと。

 2011年3月11日。東日本大震災で、多くの人の未来が、突如なくなった。まるで信じられない光景に、事実に、生きている僕らの心も、飲み込まれた。そして、生きていく僕らに、未来に大きな仕事が生まれた。生きていく僕らが、未来をつくるために、しなくてはいけないこと。
 それは人ぞれぞれなのだけれど、間違いなく、実感した。誰もが、明日という未来が絶対ではないからこそ、絶対に未来を明るく照らす仕事を、しなくては。

 丸山夏鈴というアイドルがいる。僕は数回、現場で会ったことがあるくらいなのだけれど、どこか凛々しくて、賢くて、笑顔がほっこり可愛らしい、1993年8月2日(僕と同じ誕生日!)生まれのアイドル。
 小さい頃から脳腫瘍の手術を繰り返し、今は肺にあるガンと闘いながら、先日“念願の1stシングル”Eternal Summerを発売した。
 渋谷のタワレコでのリリースイベントに遊びに行ったのだけれど…、彼女はそこで「皆の前で歌ってるのは奇跡って言われてるほどで…、だから、これからも、皆さんに奇跡をお見せできたらなって、思ってる」と語った。
 今日を生きている奇跡。その境遇もあって、言葉に込められた思いに、グッときた。


 あらゆるものに、終わりは必然だ。生命も、作品も、文化ですらも…、何年か、何十年か、何百年かはわからないけれど、どこかで終わる。いや、終わらせないといけないと思う。永遠とは幻。最高の終わりを願って進むんだと思う。永遠を狙って始めると、あまり良いことは無い(という個人的な感想です)。
 ただ、大切なのは[今→未来→終わりへ]と、進んでいくこと、走って行くことじゃないかって、思った。
 災害も、病気も、勝手なタイミングでやってくる。運命かも知れないそれに抗って拒否することは、なかなか出来ない。
 けれど、それも、すべて「今」。

 さて、今→未来へ、何をしようか。
 できることとは、何だろうか。
 終わりの向こうにある始まりへ、今より新しく素晴らしい未来へ。

 そう、過去より現在は「新しい」。
 新しい未来のために、今を生きることなら、僕らにも想像できる。実現できそうな気がする。

 過去に生きることはない。過去に夢なんか無い。
 生きる僕らにあるのは、今→未来。ただそれだけなのだから。

 自信を持って、楽しくいこう。面白がって、笑って生きよう。
 心に刻まれた記憶たちを、無理に癒やそうとしなくていい。無理に残そうとしなくてもいい。
 素直に今を、未来に向かって、いつか最高に終わらせるから、生きよう。

 だから僕は、寿司を食いたい。肉も食いたい。
 恋もしたいし、エンタメもしたい。
 生きているから、希望は尽きない。

 

フェティシズムの定義から

『粕谷幸司の自由なコラム』09

 まず定義から調べてみた。こういうのは、辞書とかから言葉の定義を明確にする、というのがセオリー。
 現代では、もちろんウィキペディア。家に辞書とか…無い。

 【変態性欲】…僕らが感覚的に口にしている「変態」という言葉。
 ウィキペディアの冒頭には「人間の性的行動や性欲のありようにおいて、正常と見なされない種類の嗜好を指す。」とのこと。漠然としちゃっているけれど、つまりは性的に“普通じゃない嗜好”とのこと。
 …むむん。最初から微妙。どこを基準に“普通じゃない”とするのか。
 まあ、大抵は「周りの人に理解されない」とかから始まって、世の中の“普通とされるもの”との比較から“普通じゃない自覚”をしていくのだろうけれど。

 ウィキペディアの渦に巻き込まれていくと、とんでもない濁流に意識が流され去ってしまう危険性があるので、僕は端的に捉えた。
 「ナルシズム」「フェティシズム」「コスプレや異性装」「ロリコン/ショタコン」「サディズム/マゾヒズム」…他にも多数カテゴライズされている“普通じゃない嗜好”。それらをまとめて「変態」ということだそう。

 それぞれの嗜好があることは承知の上だったけれど、ウィキペディアのように羅列されると圧巻だわ…。
 まあ、良いとして。
 そこから、最近僕が真剣に考えてみたくなった「フェティシズム」について、焦点を絞って向き合ってみた。

 【フェティシズム】…僕らが感覚的に口にしている「フェチ」という言葉。
 僕らの思い描く世界と照らし合わせると「物品や生き物、人体の一部などに性的に引き寄せられ、性的魅惑を感じるものを言う。」というウィキペディアの一文が当てはまりそう。
 なるほど、来た来た。“物品や生き物、人体の一部など”ですね。これだ。こういうことだ。

※これ、学術的に真剣に掘り下げていくと本気でアレな異世界への扉が開くので、ここではあえて浅めに表層をサーフィンしていきますよ。

 つまりアレでしょ。
 セーラー服がたまらない(物品)とか、鎖骨のカーブがたまらない(人体の一部)とか、そういう。
 そういう「本来はそれが性的なものではない(っぽい)ところに性的な魅惑を感じる」という。
 …言葉を定義していくって大変だな。
 なんで僕、変態からフェティシズムに掘り下げて、しかもなるべく読む人にわかりやすいように定義しようとかし始めてるんだろうアレレ、我に返る道のりを見失いかけてるぞ。

 ま、いっか。
 要するに一応は、アソコだとか、おっぱいとかおしりとか、性的シンボルとみなされるようなもので興奮するのは“普通”であって変態でもフェティシズムでも何でもない「健全な人」なわけだ。
 で、僕は自分のフェティシズムに向き合ってるわけだ、今。

 なんで?
 ま、いっか。

 そもそも“性的魅惑”が何なのか自体曖昧なんだから、結局のところこれは「人と比較して普通じゃないという自覚が生まれる」あたりで、フェチがスタートしているってことじゃないかな。
 ふむふむ、少しわかりやすいかも。

 例えば“声”を、物品ないしは人体の一部と思ってみた場合、多くの人が「好い」とする声に興奮するのは“普通”であって「声フェチ」とは言わなくても大丈夫ということで。
 例えば僕のみたいな何とも「多くの人が“好い声”と感じるわけではない声」にたまらなく高まる人がいたら、見事フェチである、ということかな。

 例えば僕。
 ピンと立っていてストレートヘアから頭出すくらいのが大好きな“耳フェチ”で、少し大きくて出来れば少~し上向きの丸い感じが大好きな“鼻フェチ”だったり、棒みたいに真っ直ぐじゃなくかと言って筋肉が浮き上がってるでもなく丸みがあるんだけどアキレス腱がスゥッとしてるのが大好きな“脚フェチ”だったりするわけだ。

 どうだ、参ったか。
 なにしてるんだ自分コレ。

 (いつかに続く)