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音の聴こえ方から利かせ方を学ぶ

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』14

最近のホットニュースは母が携帯をスマホに替えてLINEを使いこなしていることですかね。中澤まさともです。
スマホと言えば、iPhoneも含めた色々なアプリへの出演の機会をちょこちょこ頂きます。
夢王国と眠れる100人の王子さま』というパズルアプリゲームには夏を司る王子“陽影”として出演しております。今の時期にはぴったりな王子ですね。
僕のなかではあまり演じる機会のなかった役でしたが、彼の竹を割ったような性格は、きくドラの『坊っちゃん』(著:夏目漱石)で演じた役を骨組みにしていたので、イメージは組み立てやすかったです。
しかし、そこから恋愛ルートまでプランを組み立てるのには少し慎重になりました。
恋愛過程はそもそもシナリオで表しているのでそこに声を添えさせていただくだけの話なのですが、やはり声の彩り方で印象が変わるものですから。
粗野になりすぎず、でも弱くなりすぎず。友達になりすぎず、でもお姫様扱いもしすぎず。シナリオの指し示す“おしまい”で締められるようクライアントさんと話し合いながら演じました。
今作は陽影に限らずいろんな王子さまがいて、どのストーリーも音声と合わせて辿ると学ぶことも色々あります。こういう表現があってるかは分かりませんが僕にとって、好い教材でもあります。
百人百色(現在は70人ほど)の物語楽しもうと思います。
そうそう、陽影もシークレットストーリーが解放されて、その内容がタイトルからして気になってるんですけど…ガチャはなかなか当たらないものですよ…運ですからねこればかりは。
『シチュエーションカレシ』シリーズも、僕にとってはある種の教材で。これも色々なシチュエーションがあって、しかもダミーヘッドマイク使用ですから音比べというか、心情やアプローチの違いをある程度学べます。
とにかく自分の声のエフェクトを高めたいんですよ。
色々な経験を通して、人の“無意識”の評価(または“無言”の評価)というものを感じていて、出来ることなら巧く言葉にできない人や直感で聞く人にも好いと思ってもらいたいものですから。
そういえば【なんで・どうして・どのようにして】の説明をすぐ求められて、それが理路整然とまとまっていなければ、その人が好きなものが【評価に値しない】ってされる場面を割と頻繁に見かけていたのですが、あれはどうなんでしょうね…。
確かに、仕事に関して説得できなければ意味がない場面もありますが、こと趣味においてはその人の“好き”を巧く説明できないから大したものでないとされるのはすごく不服で。
皆が皆、人生において自分の精神や感情を掘り下げて自分のことを理解しているわけではないのですし、趣味人は評論家ってわけじゃないんですし…“好き”はただの“好き”でもいいじゃないですかーって思います。
こうやって一つのコラムの中で話題が転々とするぼくなんて…ねえ?
昔から「お前の言っていることは分からないから…」と放置されていたものでして…。ああ、そういう意味では有無を言わせない声力がほしいのだなあ僕は。頑張ろう。
そんなわけで結論が大体いつもどおりになったところで今回を締めたいと思いますが、ここで小話を一つ。
『夢王国と眠れる100人の王子様』の収録の時だったんですけど、台本の一部分を収録してチェック待ちをしている時にですね…えっ、と思ったんですけど…ヘッドホンから…聞きなれない言葉がですね…聞こえたんですよ…明らかにスタッフさんではない声で…ぼそぼそと話してるんです。

軽快な洋楽に乗せて。

どうやらどこか海外のラジオ放送の電波を拾っていたみたいです。こういうこともあるんですね。
今回もご覧いただきありがとうございます。

ただの声優、されど声優

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』13

改めまして、旧(有)トリトリオフィスと旧(株)トリアスが合併しまして、パワー・ライズの所属となりました、声優・中澤まさともです。
と言っても、旧トリトリの時のスタッフもそのまま移っているので個人的には大きな変化はなく、むしろ人員も増加し新しい可能性へと繋がればとより一層自分の仕事に従事する次第です。

さて、今日は“声優”という仕事の“本質”について考えてきたことをぽつぽつと。結論としては「調子乗んなよ」的な自分への戒めとしてのログになりそうです(笑)

声優は素敵なお仕事です。僕自身、アニメやドラマCDやラジオといった媒介を通じて人生を楽しく豊かにしてもらいました。そして、僕の導き手となってくれました。
だから今、僕はこの世界に居るわけです。
まず僕は台本を手にしています。決められた時間にスタジオに入り、ミキサーに繋げられたマイクを前に、ディスプレイに写された絵コンテと線画で構成されたリハVを観ながら声を吹き込みます。台本の半分くらいを収録し、直すべきところを指摘頂いたらそこから一つ一つ修正して録り直します。30分アニメなら二パートに分けて収録し、大体三・四時間くらいかけて全て録り終えたらその日の仕事は終了です。

アニメ収録現場は大体こんな感じです。
マイクの前で演じる声優は、その声の魔力を駆使して役に音という波を与えて存在感をより強めさせます。僕もまだまだ拙いながらも、自分の役に役割と然るべき魂を与えます。それが為すべきことなのですから。そこに僕が憧れてきた声優としての誇りがあるのです。
本当に声優は浪漫のあるお仕事です。

だがしかし、僕は自分に問いただします。
「いやいやちょっと待て。自信を持つのは結構だが過信になってないか? 誇りを持つのは結構だが尊大になってないか? 自分の仕事の本来の形を忘れちゃいけないぞ」
と。

ここでちょっと“声優の仕事”を、このアニメ収録現場から分解して、声優というものの核を拾い出しましょう。
まず自分の持っている台本はライターさんがいないと手元にありません。
スタジオを管理する担当さん、マイクをミキサーに繋げて録音できる状態にしてくれる音響さんがいないと自分の声はただ虚空に響くばかり。
ディスプレイに写されたリハVは、絵コンテや線画の未完段階をアニメの製作とは別に録音用に編集してビデオ化してくれる撮影さんがいないと明確にどんな声を吹き込めばいいのか曖昧になります。
音声を演出する音響監督さんがいないと声優自身では気づかないテクニカルエラーを修正できず、この作品を統括する監督さんがいないと最終回まで内容が分からないままでは何を道しるべに自分の役を終わりまで導いていけばいいのかわかりません。
そして、諸々の工程を管理し指示を出す制作進行さんがいなければ収録までに用意する必要があるものを揃えられませんし、そもそも、アニメの企画がなければ仕事すら成立しません。
つまり本質だけの話でしたら、声優は“人間の音”担当で、アニメ一話の製作過程の中では諸々お膳立てしてもらった終盤の作業なだけなのです。
でも声優はそこに浪漫を生み出します。だから日本のアニメファンもこの作業に浪漫を感じてくれます。
もしかしたら海外と日本の声優の職業意識や聴者さんからの評価の違いはこの【+浪漫】が関わっているのかもしれません。

今のところここまで考えた中で、僕はどうしていくかをまとめます。
『只の音にならないよう、粋を籠めて息を操る唯の声優で在れるよう、プロフェッショナル達の中で、同じ“創る人”としての仕事をしていこう』
今回も読んでいただきありがとうございます!

「病は生(き)から」

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』12

どんな仕事だって最初は人間がしているわけで。

人間である以上、人間らしい問題のいくつかは常に付きまとうわけです。
その中の一つが今回のテーマ『健康管理』となります。
これはきっとどんな人にとっても大切なことで、自分の体が悪くなって善いことなんてほとんどありませんからね。
我ら声優業において『声が出せなくなる』こと以上の非常事態はなかなかありません。
(これは、スタジオに到着できない・事故にあったなど様々なアクシデントもありますが、職業としての純粋な観点で言うと『結果として自分の声を音声媒体に記録できない』ということだと思ってください。)
なので、このような事態にならないに越したことはありません。特に季節の変わり目(年四回)は風邪をひきやすい!特に自分の免疫が下がっていると自覚しているので生活レベルから気を配るわけです。
あっと…ここからは僕の場合、という話なので他の人がしているかどうかとその人の能力や評価とは別の話として捉えてくださーい。
物事の大体は、理屈としては『未然に防ぐ“予防”』と『状況に対処する“処方”』のいずれかで解決するのですが、健康管理も然りです。
では“予防”からご紹介しましょう。
まずはマスク!菌の侵入を大体防いでくれます!
“大体”というのはまあ、呼吸の関係上、どうしても隙間というのはあるものですから100%防菌はないわけで、それでもある程度は直接侵入は防げるので必須です。
それからうがい手洗い!携帯用のコップがあるとどこのスタジオでも使えるので便利です。
うがいは特に、喉全体をうがいできるように『あーいーうーえーおー』と言いながらします。最近は内匠靖明くんからもらったプロポリス抽出スプレー(通称:俳協汁)を二回プッシュとうがい薬の組み合わせでするので喉の疲労もフォローしています。
あとですね…個人的にはまだこの時期は足や肩を冷やすと風邪をひきやすいようです…。寝るときとか気をつけましょう…。薄手でも長袖の上着を持ちましょう…。
続いて、“処方”です!
人間ですから…どうしても風邪をひくこともあります…。さらに声が変化する(or出なくなる)タイプのやつなんかひいた日には…大ショックです。即刻対処せねばなりません。
まずはすぐさま病院に行けるかどうか。そして、これが大事なのですが、自分の症状をお医者さんに説明できるかどうかです。
これは僕に実際にあったことですが、症状がひどくなる前に病院に行ったら現状大したことないという診断でとりあえずな薬をもらってきて、その翌日からひどくなった風邪に対処できなかったことがあるのです…。お医者さんは対処をしてくれるところなのですからちゃんと説明すると、見合ったものを処方箋の中に用意してもらえたりします。
そのためには自分でも自覚症状のチェックをする必要があるのです。
分かりやすいのは痛み。どこが痛いのか、どういった痛みなのか、患部と神経どちらが痛いのか、どのくらい痛いのか。
喉の不調というのも、疲労による枯れと菌による炎症と細かい傷による裂傷・腫れなどがあり、どの症状なのか。などなど。
おかげで最近は風邪をひく数は減ってきています。One-Sizeでもそういった話をしている回が減ったと思います。
しかしながら、この世界で仕事をしているのは私一人ではありません。どんな仕事だって最初は人間がしているわけで、僕がどれほど予防に勤しんでも風邪を引いている人からうつされることもあるわけです…まあそこは…キツイですけど…だって人間ですものね。
皆さんも僕も地道な予防と迅速な処方を心掛けましょう。

日々巡り歩けば時自ずと来る。

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』11

公表はしていないのですが、とある縁がありライブで生ナレーションを勤めることになりました。
とある歌手の人生を紹介しながら歌い手さん達の歌に細やかながら彩りを添えるわけです。
大変プライベートな件なので、皆さんにご紹介できないことはご容赦いただけたらと思います。それではなぜ今回このお話をするかと言うと…、まあまあ色々と思うことがあって回顧録という形で述べていきますので、そこら辺でお付き合いいただけたらと思います。

このライブとの、と言うよりライブ会場とのと言えば良いでしょうか? そこはそもそもライブ用の小スペースを設けているバーで、定期的にライブであったり演奏会であったり朗読劇であったり…そういったものを催していてご飯を食べながら楽しむことができるところでした。
そことの縁は16年ほど前に遡ります。
僕は声優という職業を意識し始めていて、自分もなりたいなあと憧れを抱いていたときでした。
当時、その会場でのライブに、とある声優がナレーションと歌の中での台詞パートで出演されました。
お察しがついていると有り難いのですが、有名な方でした。今でも自分の仕事の根幹に根付いている方です。

…今回、明言していないことが多くてふわっとしてるな…。
何故かと言われると、巧く言えませんが、ひとまずこのまま進めていきます…。

とにかく、その方…あー、よく分からなくなりそうなのでSさんとします。
そのSさんが出演するということで友人だった母に「観に行く?」と問われたのです。

(観に行きたい!)

当然そう思いました。
ファンでしたし、尊敬していましたし。

でも、なんでしょうね、青春独特の照れと今では思いますけど、
「これから声優を目指すのだから、ミーハーな気持ちで会っては行けない!」
とか考えてしまって、会わなかったんですよね。
自信がなかったんですよね。ただ夢見ているだけでしかなかった自分に。
そんなの当たり前なのに。

そんなわけでSさんに会わずじまいで数カ月したら、

ある夜、Sさんの奥様から、母宛てに電話がありました。

それはSさんが、ずっと遠くへ旅立ったことを告げました。

その言葉はやけに輪郭を持っていたように感じます。一瞬思考が空白になって、それが“本当だ”と認識した時、ひゅっ、と胸の少し下に冷たい空気が落ちました。そこから熱い膜が広がって心臓を包みます。じわじわと肺の中まで広がっていくようで息がしづらかった。

もう一度確認したいもう二度は聞きたくない。
ない交ぜの気持ちがむしろ僕に言葉をなくさせました。

ただそれでも、この事実だけは変わりません。
Sさんとは二度と会えなくなりました。

自分の道を行けばいつか胸を張って会えると思っていた。共演できると思っていた。お酒に付き合わされるようになると思っていた。
それがもう二度とないのだ。
こんなことなら、会えば良かった。
人生で、初めて、取り返しのつかない後悔をした気がします。
会えば何かが変わった訳ではないけれど、何かを得られたかもしれない。埒の明かないことですけど。何が正解かなんて今でも判りませんけど。

…あの時の年齢と同じくらい歩いていって(彷徨ったりもして)、今ようやく、あの時よりは自分に自信が持てるようになりました。不思議な縁が、僕が観られなかった景色に僕自身を辿り着かせたと思います。

Sさんが僕の観られなかった景色に居たのは、46歳。
そこまで、同じくらいの時間をまたこれから歩く。
どこまでいけるだろう。
とにかく進もうと思う。
仕事をしていこう。物語の何かを伝えよう。助ける人間になろう。助けてもらえる余白を作ろう。そうすれば、また自分の思い出と邂逅する瞬間が来るだろうと信じながら。

消え入りそうな気持ちまでもアナタに届くから

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』10

まずは、僕の記事の投稿が遅れてすみません。
日にちを跨いで書いていたりする間に「あれ、何を書きたかったんだろう…?」ということが今回は特にひどく…。One-Sizeの二人にも申し訳ないです…。
こういうことも精進が大事、対策していかないと。
では、コラムに戻ります。
先日、コミュニケーションアプリ『シチュエーションカレシ』第十弾「ぽかぽかカレシ」が発表されました。僕の演じる役が炬燵と毛布の精霊?のような存在で、まあいわゆる擬人化されたキャラクターです。リリースされたらまたお知らせいたします。ご活用ください。
さてこの作品の収録は普段使われているマイクではなく、ダミーヘッドマイクと呼ばれるものです。
人の頭の模型のマイクです。えーと、

 [(-」-)]

↑こんな感じです。
このマイクには両耳の形状をした部分があり、

→[(-」-)]←

ここですね。
…すみません、顔文字は思いついたのでやりたくて…。
とにかく、そこにマイクが一つずつ仕込まれています。この二つのマイクによって人間の音の聞こえ方を再現した『バイノーラル収録』というものを行うのです。
マイク自体が頭の形を再現しているので、顔のパーツに声が当たった反響音を拾ったりして臨場感のある音を録音でき、高性能なものは骨伝導の微振動や耳たぶの中での集音も再現できます。
遠い所から近くに人が歩み寄ってきたり、耳元でこそこそ話ができたり、
僕、このダミーヘッドマイクが好きなんです。表現の幅が多様になって、試したい感情表現がいろいろ出来たりするんですよね。普通に演じるよりももっと深く消え入りそうな感情のブレも込められたりして…。
ダミーヘッドマイクとの出会いはデビューしたての頃に出演した、とあるアミューズメントのアトラクションでした。
ホラーもので、来園者にヘッドホンを装着してもらって心霊体験をしてもらう、という内容で、当時収録に訪れたときはだだっ広いスタジオの真ん中に見たことのない頭の模型が置いてあってそっちの方が怖かったものです(笑)
そして聞こえる音声は幽霊が地面から沸いてきたり(収録では這いつくばって立ち上がりながら呻いたり)、子供の幽霊に囲まれてかごめ歌を歌われたり(頭の模型マイクをぐるぐると囲みながら歌ったり)…。とても臨場感のある(端から見ると可笑しな)収録でしたが、これが探求心を刺激されました。
聞き手に対して自分が動くのと、聞き手のリアクションに応じて相対的にこちらが動くことで聞き手が動いている体になるのと、追求すると奥が深い…!
昨年12月にリリースされた『壁ドン!SONG♪』というシチュエーション音楽CDのドラマパートと挿入歌の壁ドンソングバージョンもこのマイクで収録した わけですが、これも面白かったんですけど、この時は流行りで言われている方の“壁ドン”をテーマにしていて、ダミーヘッドマイクを壁際にくっ付けて、ほんっとに壁ドンしながら歌ったんですよね。写真に撮ってもらえば良かった(笑)
僕が調べた限り、バイノーラル集音の歴史は1881年のパリ万博まで遡るようです。当時はオペラ座の舞台上に送話機を置き、パリ電気博覧会会場に信号を送り、両耳に受話器を当てることでまるでその場に居るかのようにオペラを聴けた!という記録があるようです。
電信による送受信機が作られ始めたのが1860年代~70年代。この近辺では既に立体音響というものを意識していて実験がされていたのだろうなと考えると、ヒトはその場に居ながら意識をワープさせることに夢とイマジネーションを持っていたのだろうな、と感じ入るものがあります。
デジタル音響の発展で市場には様々なバイノーラル録音CDが溢れています。どこまでこの勢いが続くかは分かりませんが、ダミヘ好きとしては『ハイレゾバイノーラル収録』のお仕事が来たら嬉しいなと思います。
頑張ります。

幸せだけど、まだまだ。いつも自分のいる場所を知っておくこと

中澤まさとも『人生のパクが早上がりでもさ!』09

2015年2月14日、誕生日を迎えました。
これを書いている今も色んな方からお祝いいただいており、本当にうれしいです。
一年一年を積み重ねて、有り難いことに少しずつ行きたいところ、出会いたい人たち・作品たち、やりたいことを順序よくやれている気がします。ここに至るまでのブランクはありますが、めげずに腐らずに、ある意味ひたむき、ある意味意固地に続けてきた甲斐があるというものです。

今の自分を客観的に見て、非常に恵まれていると思います。
須らく良き縁が巡り、頂けているものなのだと肝に銘じてお仕事をさせていただいています。
もちろん、まだまだ行きたいところや出会いたい人たち・作品たち、やりたいことは自分のはるか頭上の空にちらちらと星のように瞬いています。
それが流星になってこぼれた時、その星を掴めるか、ほうきの煌めきにしがみつけるか…。去年もそうでしたが、今年も丁寧にお仕事をする年なのだと肝に銘じております。

それから、今年の目標の一つは【収録の丁寧さに速度と正確さを加えること】。
ご存知の方も多いと思いますが(とは言え知らなくても別に何でもないことですが)、ゲームや一部のドラマCDでは声優一人での収録が主になります。
独りで収録するものですから、自分がセリフを喋って「うーん…違うな」と思ったら、「すみませんテイク2お願いします」と同じセリフを言いなおすこと(自分リテイクと言ったりします)が一応可能で、僕は収録の時にディレクション側からのリテイクとは別に自分なりの良質を求めて言いなおすことがあったり、お願いしたりするわけです。
…あ、でもディレクター側からOKを頂いたセリフに対して「自分が納得いかないから」というだけで物言いを出すのは、まあ、よろしくないので、きっちりと思っていることを相談したり、ディレクション側を信じて演じきったりと現場の中での判断の仕方も色々ありますが。
それから、自分のセリフを一言ずつデータとして分ける作業を音響さんがしてくださるのを考えると……音の編集に関しては、僕も過去に少量ながら経験したことがあるのですが…あれはなかなか時間がかかる作業です。演者が二回言いなおすだけで、チェック量は二倍になるわけです。その数が増えたり、どれがOKテイクなのか判別したり、あっちにあったりこっちにあったりする修正箇所を探したり…波形で何となく見分けがつくとはいえ、たくさんあればあるだけ大変になるわけでして…。
自分のできる範囲で質を高めるのは好いことだと思ってやっていますが、自分だけ良くてもしょうがない。
ディレクターさんや、プロデューサーさんや、音響さんのためにも一発の質を高めていかないとと思う次第です。そのためにも収録前にどれだけ読み込めるか、自分の思う通りの音を出せるようにするか…。日々鍛錬です。より先の自分をイメージして進んでいきます。

なんだか話は逸れました。というか、せっかくの誕生日なのに「真面目か!」みたいな感じになりましたね。うーん…。
元の性格もありますが、この数年はこんな感じのことばかり考えていて、なにも気にせず浮かれて遊ぶことがなかなかないようです。どうやら、油断してまたチャンスをこぼし落とすのを恐れているようです。
でも、皆さんにわっとお祝いしていただいて、胸が暖かくて拳が熱くて、本当にありがたくて…だからひとまずもっと頑張ろうと思います。
行けるだけ前に進んで、それでたまにステージ企画やイベントなどで皆さんの前に立ってしっかりごあいさつできたらなと。
なのでバタバタしますが今歳もよろしくお願いします。
皆さんにも≪ハッピーバレンタイン♪≫届きますように!